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 「まあね」とはまた吾輩の気に召した自信満々な答えであった。奴が大きければ大きい程いい。僕が (、、 )心配しているのは彼奴 (あいつ )じゃなくて、通りにいる悪魔共なんだ」

 吾輩はカウンターを回り、磁器のマレ壷を取り上げ、それを大変な興味で以て眺め、そして突然に手を滑らし、それはもうすさまじく床に叩き付け、幾つもの破片へと砕いてしまった。それが高価なものであったと信じたい。ともかくそれは、思った通りの働きを上げてくれた。中の扉が素早く開き、どでかい中国人の巨体が戸口いっぱいに現れ、そして店の中をじろりと見た。

 (まさ )にその瞬間、走者ビリィ・ジョンソンは、通りに一番近いカウンターの端の下から滑り出し、その姿をすっかりどでかい中国人に晒して、扉の方へ向かって音もなく爪先立ちで歩いて行った。  中の扉から呂律の回らないものすごい牡牛の如き雄叫びが響き渡り、吾輩は大きく平べったい揺れる顔の方をちらりと見てみた。その両目はふたつの緑のスリットの様に爛々と輝き、小さな泡がザラザラした泥鰌髯から吹き出ていた。彼が前方へ跳躍すると、道具一式ががちゃんと落っこちた。猛進する時、突き出したカウンターのひとつを、彼はその脇の方へ文字通り綺麗に引き裂いてしまったのである。それから、どでかい中国人の巨体が、その大きさを考えれば驚異的なスピードで、吾輩の前を突進して行った。彼が吾輩の側で地響きを立てた時、彼の手の中に、四フィートもある莫迦でかいナイフが収まっているのが見えた。鋼の鈍い青い煌めきが、ほんの少しだけ吾輩の目に映った。それからその男とナイフは二番目の強行突破をして扉の外に出た。彼の莫迦でかい肩は、扉の木製の郵便受けのひとつにぶち当たり、綺麗に吹っ飛ばしてしまったのだ。

 しかしビリィ.ジョンソンは全く以て有能な脚で鹿の様に走り、素早く美しく力強いタタタタタッ (、、、、、、 )と云う音を立て乍ら、三十ヤードは前方にいた。

 吾輩達が戸口の所に行って見詰めていると、あらゆる所から、文字通り何処からともなく、彼に向かって逆走して来る中国人の数ががどんどん増えていった。

 あの巨大な中国人はそれでもまだ他の誰よりも近くにおり、断固として一途に走っていた。彼の莫迦でかい頭は面白い程低く構えられていた。

 ジョンソンは半ダースは速い足取りで進み、それから真直ぐ水際を目指して行くのが見えた。増えてゆく群集の喚き声とは別に、レース用のランチの深い排気音が突然ブルル!ブルル! (、、、、、、、、 )と聞こえ出した。

 突然、どでかい中国人が右手を振り上げ、そして一ヤードはある刃の鈍い煌めきが見えた。それから尚も走りつつ彼は投げ、吾輩は叫ばざるを得なかった。しかし乍ら無論のこと、目の前の大騒動の中では、吾輩の声が聞こえた者なぞ誰もいなかった。

 「外れた!」吾輩は叫んだ。どでかいナイフはジョンソンの肩の上を飛んで行き、一インチか二イン足らずの所で彼から逸れたのであった。明らかにあのどでかい中国人は、走者が脱走しようとしている計画について突如として理解していたのである。他の追跡者達の多くもまた一瞬でそのことに気付いたに違いない、拳銃〔リヴォルヴァー〕が火を吹く不規則なざわめきがしてきたのだ。しかし射撃訓練と云うものは、双方が走っている時には的を外しがちなものである。  そしてジョンソンは岸壁に着いた。


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