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 呼吸は、幾つかの隠れたスリットによって工夫され、木乃伊のケースと外側の箱は同じ様に修繕されていた。

 中国人共が店を探した時に、連中が決して彼の隠れ場所を「看破」しなかったのも不思議はない!

 吾輩は茶色の包帯で出来た体の形をした表皮をケースの外に持ち上げてその中を見た。内側には黄ばんだ若い中国人らしき男がおり、かなりの薬を与えられ、極端に不潔な状態で横たわっていた。形のついた包帯の殻は長く、若い中国人よりももっと長かった。そして彼の足元の空間には、意匠を凝らした麻布の下に、吾輩が夢想だにしたことのなかった、名の無き神、クフの、〈血の快楽〉の、古い琥珀で出来た美事なる彫刻があった。

 この怪物に関して、現実の名前なぞ存在しない。それは実のところ、奇妙な醜い喉音によってのみ示されるものなのだ。それは文字通り〈名の無きもの〉として知られている。事実上この恐るべき欲望———〈血の欲望〉の四大的な魔力———宗教と云う、より知られた名の付いた制限規定の効力の下で 、疲弊した諸世紀を通じて消耗して来た欲望———の受肉を示す喉音に相当する字音は、如何なる国にも存在しない。

 吾輩が言った様に、化け物じみたこの原始的な欲望の真に恐るべき神格化を示す喉音に相当するものは、象徴であれ書かれたものであれ、如何なる言語にも存在しない。それ故露骨にも、「クフ」と云う音声が文字通り名前となったのである。これについては人間のあらゆる野獣的な衝動の背後にあるもの全てのこの受肉にまつわる恐ろしい伝承を扱う際に、西洋の書き手達が仄めかしたことがある。

 そしてここ、吾輩の目の前に、ひとつの巨大な塊から彫り上げられた、黄色い琥珀製の〈血の怪物〉の驚くばかりに素晴らしい像があった。典型的な悪劣の最後の細部までが、驚くばかりに素晴らしく身の毛もよだつ職人の技によって再現されていた。


* * * *



 吾輩は様々な覆いを素早く元に戻し、再びカウンターの外へと急いだ。あのどでかい中国人の野獣が中の部屋で動く物音と思われるものが聞こえたのだ。

 吾輩は大きな青銅の山羊の神像のいい加減な検査を再開した。そしてやがて、吾輩がそれをあれこれひっくり返しておると、中の部屋の扉の把手が静かに回るのに気が付いた。それから扉がゆっくりと開き、あのどでかい中国人の途方もない頭部が店の中へと進み出て、辺りを見回した。そいつはまるで大きな獣の様に見回した。そしてまるで危険な牡牛が突進する前に頭を揺らす様に、その化け物じみた醜い頭と、野獣じみた平べったい顔を横から横に動かした。

 その男は吾輩に何かを思い出させる様な感じがした。そして突如吾輩は、彼の顔が、何か不快で不自然な仕方で、木乃伊ケースの中の男の足元で発見した神像を暗示していることに気が付いた。そして吾輩が、自分が西洋の鼻を突っ込んだこ危険な一件の形と質とをすっかり了解したのは、(まさ )にその時であった。  「おお、この腐った嘘吐き奴が、フアル・ミゲット!」吾輩はそう独りごちた。「腐った嘘吐き奴、吾輩をこんなことに巻き込みおって!」

 それは閃光の様に訪れた。しかし吾輩は中国人共に広がっている異常な興奮(これは家を監視している者の数とタイプから明らかになった)を見出してからと云うもの、引っ張られた弁髪とでも呼ぶべきところのものなぞよりはもっと厄介な何かが絡んでいるのは先ず間違いないと踏んでおったのだ。


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