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 吾輩は、山羊の足の上にある人間の足首の骨の隆起と、第三の手の内側に曲げられた大きな親指とは、調べてみる価値ありと結論を下した。吾輩は足首の骨の突き出た隆起を押し、そして親指を先ず自分の方へ引き、それから向こうへと押した。そうすると、像の底が吾輩の手の中へと落ちて来て、吾輩の頭なぞ簡単に納められそうな、神像の内部への入り口が明らかになった。何せ神像は三フィート近くもの高さがあり、幅はたっぷり二フィートはあったのだ。

 その空洞には何もなく、吾輩は「蓋」を押し戻した。そこにはちょいと二度カチッとやるだけでパチンと戻った。そうすると、フアル・ミゲットがカウンターを回ってまた見える所にやって来たが、不安は幾らか薄れた様に見えた。彼が吾輩の方へと歩いて来ると、吾輩は或る特定の合図を彼に送った。すると彼は困惑し疑って、立ち止まって一寸身震いをした。それから彼は合図に応えた。

 「兄弟よ」と吾輩は自分の在りの儘の声で静かに言った。そして彼に更なる合図を送った。それで一瞬にして彼は吾輩だと分かった。

 吾輩は山羊の神像の秘密の開口部については何も言わなかった。若しフアル・ミゲットが陰影を読み取る程に彼のビジネスについて充分に知っていないとして、吾輩が彼に教えたところで面白くも何ともない。吾輩は神像を検べてでもいるかの様に、それをひっくり返すのを続けた。しかしそうし乍らも、吾輩は話し続け、彼に吾輩の計画について語り聞かせた。

 「今夜は」と吾輩は言った。「君の息子にはほんの僅かの阿片しか与えてはいけない。朝になれば吾輩が女性と腕を組んで入って来る。その女性と吾輩は君の骨董品を検べる。やがて彼女はドレスや帽子やヴェールを投げ捨てる。彼女は、と言うよりそれは男なので彼なのだが、その下に、君の息子に見える様な服を着込んでいる。その服は今君が吾輩に寄越してくれなければならん。すっかり準備が出来たら、我々は、中の部屋で君を見張っているあのナイフを持ったどでかい中国人を引っ張り出せる位の騒音を店の中で立てる。しかし彼が君の息子に見えているこの男に手を出す前に、その男(彼は運動選手なのだ)は君の店から走り出る。水際へと真直ぐに走って行って、そこにエンジンをかけて用意してあるレース用のランチに飛び乗る。大男はきっときっと彼を追うだろうし、他の監視人達も一人残らずそうする筈だ。しかしその男は既に水上をオークランドに向けて一直線で、事故さえなければ、連中の誰かが別のランチを手に入れられる遙か以前にけりがついていると云う寸法だ。

 「一方吾輩達は君の息子を木乃伊のケースから引っ張り出し、カウンターの後ろにいる間に、彼を女性のドレスに押し込み、帽子とヴェールを被せておく。吾輩は、全員の注意が君の息子だと思い込まれている訓練された走者の脱走に惹き付けられている間に、彼の腕に取って店を出て、通りを横切って吾輩の船へと行く。

 「君の息子は薬の投与で弱っていることだろう。だが吾輩の腕が支えてやる。船への距離もそう大したものではない。分かったかね?」

 「月の様にはっきりとネ、センチョ兄弟、雲の無い時の月ネ」と中国人は云った。「(まこと )に———」

 「一寸待った」と吾輩は言った。「この一件で、君は一セントも欠けることなく一千ドル、プラス君の息子を英国に送る代金を支払わなければならんと聞いたら、君の感激も些か落ち着くんじゃなかろうかね? この危険を冒す男はそれ以下ではやってくれんよ。吾輩は既に前金で五百ドル払っておいた。若し全てが上手く行ったら、次の五百ドルを明日払ってやらにゃいかん」


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