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 フアル・ミゲットは金のことでは躊躇わなかった。彼はの長衣の上着の下から札束を取り出し、一千ドルを数えて吾輩に差し出した。

 「彼の渡航費は百五十かかる」と吾輩は言った。これは会社が前の旅で吾輩達と一緒に故郷 (くに )に帰った独逸人の放浪者 (ホーボー )に請求したのと同じ額でな」  彼はこれまた支払ったが、その間吾輩の方は、本当に買おうか買うまいか悩んでいるかの様に、山羊の神像を手の中でずっとひっくり返していた。これは万一監視されていた場合に備えてだ。最後に吾輩は、これに幾ら欲しいかと真剣に彼に訊ねた。吾輩はこうしたものに弱いのだ。

 吾輩がそう言うと、彼の目の中に一瞬、金への執着が現れるのが見えた。

 「一千ドルネ」と彼は言った。

 それは恐らく五、六百ドルの値打ちはあるだろうし、骨董商のモットーの通り、彼はそれ以上を手にすることが出来るだろう。しかし吾輩は彼とわざわざ言い争いたくはなかったし、彼が急に見せた卑しさは、吾輩が彼の為に背負ってやろうと云う厄介事と危険とを考えれば、些か吾輩をうんざりさせた。吾輩はその儘、一言も言わずに、その神像を棚の上に戻した。

 「服をくれ」と吾輩が言うと、フアル・ミゲットは店から出て行った。吾輩はそうしてから体を滑り込ませ、木乃伊ケースの箱の中を覗き込んだ。それは間違いなく第十八王朝のものであった。それは黒い色をしていて、胸の前で安らかに手を交叉させ、仮面は鈍い赤色であった。

 吾輩は素早く蓋を持ち上げ、中を見てその瞬間、フアル・ミゲットの息子はその木乃伊ケースの中に隠されてなぞいないと信じ込んだ。若い中国人の生きた体の代わりに見付けたのは、歳月で茶色くなった包帯を永久に巻き付けた、どこもかしこも傷だらけの、一見、全面的に死んでいる木乃伊の体であったのだ。木乃伊の頭と顔は同じ茶色の包帯できつく包まれており、その中で生きて呼吸するものがいようなど、思いも寄らないことであった。

 それから見詰めている内に、吾輩はその物体が生きていることに気が付いた。その胸は包帯の下で、極く微かに動いていた。それを見守っていると、吾輩は一瞬、単純で忌わしい感覚を覚えた。そして突如吾輩は、これら全てのことが如何にして行われたのであるかを悟って身を屈め、そして巻かれた包帯の、きつく伸ばされ、年経りて固くなった折り目の部分を手に取った。持ち上げてみると、生きた人間の実物大の半模型の包帯は全て剥がれ落ちた。

 狡猾也フアル・ミゲット! 吾輩には如何にして彼が、包帯の下にいる人影が本当に包まれて (、、、、 )いると仄めかすと云う、実に賢い方法を遣り遂げたのかが分かった。お解りの通り、若し木乃伊を取って、鋭いナイフで、頭から足に向かって大変慎重に両側の包帯をその木乃伊のぐるりに沿って切り裂いていったならば、木乃伊から茶色い年経りた包帯を切り離すことが時として可能である。そうするとそれらははふたつの半蓋状になって(前と後ろとに)取れ、年月と古い薬味とによって固くなっているので、それらが長いこと包んで来た木乃伊の正真正銘の正確な模型となる。

 利巧也フアル・ミゲット! 彼はその元の所有者とでも名付くべきところのものから、ふたつの同じ長さを持った半分ずつにして包帯をば切り離し、それから、彼が吾輩に言った通り、木乃伊を破壊してしまってから、自分の息子を形の固まった包装の下半分に横たえ、そして残り半分をその上に置いたのだ。そうすると、木乃伊のケースを覗き込んだ者には誰だって、長い長い忘れ去られた幾世紀もの間誰にも触れられることのなかった包帯に包まれた、信じられない程古々しい人影しか入っていない様に見えることになる。


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