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 内側に立っていたので、吾輩は見られることなしに、見たいと思うもの全てを見ることが出来た。そして以下が午後の仕事によって得た成果である。

 先ず第一に、フアル・ミゲット氏と云うのが、扉の上に架けられた、新たに見付かった我が国籍ごちゃごちゃの兄弟の名前であった。第二に、フアル・ミゲット氏は明らかに、彼の店の建物に対して行われていた監視の入念さについては夢にも考えていなかった。一見したところ、有名なる〈名の無きものども〉の友愛団が、フアル・ミゲット先生の理髪師の心遣いなぞものとも思っていないと云うことには全く疑いはなかった。連中は大挙して出動中であったのだ。双眼鏡を通して数えてみて、吾輩は通りの上に一ダース以上の中国人を認めた。或る者はぶらぶら歩き回り、他の者は普通の中国人のぱたぱた云う歩き方で歩き、一人、また一人と、何度も行ったり来たりしていた。

 通りにはまた二台の個人用の車があって、整列し、それぞれに中国人の運転手が付いていた。(これより判ることは、誰か金持ちがこの件に絡んでいると云うことだ。)

 これらの男達が見張りについているのだと云うことは、容易くテストすることが出来た。連中は決して通りを去らなかったのだ。毎時毎時、吾輩の目はこいつやあいつの間を行き来する奇妙で曖昧な合図を捉えた。その全ての背後には明らかに目的 (、、 )が存在していた。

 七時半前には薄暗くなった。吾輩は通りの中国人の数が増え、皆中国人が運転しているオープン・カーが三台いることに気が付いた。吾輩はまだ、こうした騒動全てが、総裁の偽の弁髪の為に必要なのであるとはどうしても思えなかった。しかし、吾輩が自分に説明してみせた如く、中国人の物の見方なんぞを考えてみても仕方のないことだ。

 午後七時には電気が点き、通りはとても明るくなった。しかし影となる場所は山程あり、影ある所には必ず中国人がいるものと思われた。

 あの箱を店から運び出して船に乗せるチャンスなぞ、悪魔の様にどっさりあるわいと、吾輩は密かに考えた! 恐怖に駆られたあの男は愚かにも、あの (、、 )方法でやれるものと考えてしまったものに違いない。無論のことあの男達は、追っているものを手に入れるまで、一週間を全日曜日にして、一晩中監視を続けるであろうことは分かり切っている。

 七時四十五分に、吾輩は二等航海士をフアル・ミゲットへのメモを持たせて(おか )に送った。吾輩はあの中国人に、彼が一寸通りを見てみれば、「〈名の無き〉」悪魔共が束になって、彼の家に目を向けているのが判るだろう、と言ってやった。それからまた、若し彼が彼の息子をさっさと埋葬したいのであれば、好きな時に木乃伊のケースに入れて送り出すがいい、とも! だが吾輩は、若し彼が彼の素人床屋殿の命を救いたいと願うのであれば、彼は息子を快適な状態で店の中に留めておいて、必要とあれば薬をやり、朝、吾輩を待て、と指示しておいた。その時になれば吾輩がやって来て、彼が安全に乗船出来る様にする為の策を提案するであろう。

 吾輩は第二航海士に、彼が事を台無しにすることのないように、充分に説明をしてやった。吾輩は彼に、先ずは街中へ行って攪乱し、それから別の方向から店にやって来る方がいい、と言ってやった。それからメモを手渡し、骨董の杖を買い、直ぐに出ること。その後船へ戻って来る前にミュージック・ホールで一、二時間潰した方が良いこと。かの豚肉屋が言った様に、吾輩はあの通りにいる中華野郎共の大軍に、道の向こうのあの店と吾輩とを結び付けて欲しくはないからだ。


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