前の頁へ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011 12 13 14 15

次の頁へ



 この疑念を抱いておったればこそ吾輩は、フアル・ミゲットが彼の息子の中国の服を取りに立ち去ると直ぐに、木乃伊ケースの所に歩み寄ったのだ。その神〈名の無きもの〉こそ、主だった興奮が渦を巻いておる本当の中心点であったのである。吾輩は、それを直ちに目にしなかったことを疑問に思った。しかし今ではすっかり明らかとなった———〈名の無きものども〉の友愛団、そして〈名の無き〉神! 友愛団が何に因んで名付けられたものであるのか、それは一時に明白となった。そして黄色い琥珀製の「クフ」の像は疑いなく、友愛団の驚く程大切な所有物であったのだ。

 総裁の弁髪を引っ張るなぞ、賢明ではあるが言語道断な嘘八百であったのだ(この嘘吐き奴が、フアル・ミゲット!)。若きミゲットは明らかに、彼の父が仄めかした様な理髪師の腕前を御披露に及んだことなぞなかったのだ。(なるべく貴重な「神の如き」骨董品の)窃盗こそが、明らかに彼の十八番 (フォールト )であったのだ! その生まれがごちゃごちゃと混じり合っているので、彼はその概念に於て本質的に中国的である神になぞ、特別な恐れは抱いていないのであろうと、吾輩は推測した。

 そして吾輩は、猫の手の豪華版 (エディシオン・デラックス )か何かとして、この一件に引き摺り込まれたのである ———大したもんだ! 吾輩は父親の方のフアル・ミゲットがあれ程熱心に木乃伊のケースと全てとを乗船させようとするのが理解出来た。しかし若し吾輩が明日彼の息子を救ってしまえば、神像は間違いなく吾輩達と一緒に来ることはないであろう。彼が心配するのも尤もと言えるだろう!

 この時点で、安心させられることに、例のかなり育ち過ぎの友愛団員は、侵入して来た時と同じ様に音もなく引っ込んだ。吾輩は、語るべからざる儀式の数々について、あの野獣がどんな恐るべきことを語ることが出来るのだろうかと怪しんだ。そして吾輩がこんなことを考えている間に、フアル・ミゲットが戻って来た。

 吾輩は彼から二着の服と小さくて滑稽な帽子を受け取ると、中の扉の方に向かって頷いてみせた。

 「ムッシュウ・殺し屋の大親分殿が、今し方店の中へその醜い頭を突き出したよ」と吾輩は彼に言ってやった。

 彼は顔色が酷く青褪め、そしてまるで吾輩が超人か何かである様に、吾輩を凝視した。吾輩の放った弾は、牡牛の目を撃ち抜いたに違いないと、吾輩は考え始めた。

 「あんな連中と関わって君が何をしているかは吾輩は知らんよ」と吾輩は彼に言った。それから服(それらは非常に薄い材質で出来ていた)を内ポケットに詰め込み、帽子も小さく折り畳んでベルトの下に滑り込ませた。吾輩は、連中の獣じみた神様を何処か別の場所に運ぶ為の乗り物として使われているのだと、監視人共に疑わせるのに充分なだけの大きさをした小包なんぞを持って店を出る気はなかったのだ。若し連中の誰かがそんなことを考え付きでもしようものなら、吾輩は道を渡り切る前に、酷い事故に逢ってしまうのではなかろうか!

 「明日、朝十時頃」と吾輩は言って、それ以上は一言も残さず店から出た。混血の連中の中にはケッタイな豚がいるものだ、と吾輩は独りごちた。それから快適に歩いて街へと繰り出したのだが、愉快なことに、監視役の中国人が二人、吾輩を尾けているのに気が付いた。しかし連中は、吾輩が、探している者ではないと納得したのであろう、通りの端の近くで引き返した。


前の頁へ
1 2 3 4 5 6 7 8 9 1011 12 13 14 15

次の頁へ

inserted by FC2 system