前の頁へ
1 2 3 4 5 6 78




 「文明と云うものには、何時だって修復が付きものだった」と医師は考え込んだ。「お前は、より良いものにはより悪いものが先行する筈だと随分確信があるらしいな………。同感だよ………。この特殊な地震はどうやらこれまでで最大のものらしい。お前自身の身の置き所はどうする積もりなんだ、ディック? お前は多分、そうした連中———何と言ったかな?———掃討人共を避けておくことは出来まい。収容所か、監獄の尋問てところだ。人々を掻き乱すこと無しに———事故だろうと偶然だろうと———社会システムを破壊し再建することなど出来はしないぞ。そして運命はお前の破滅を選ぶことになるだろう。お前は多分堕落するだろうな、ディック。若しお前の頭蓋が焼き切れたり、お前の頭脳が疲れ果てたり毒されりしたら、お前はどうすることも出来んよ。詰まるところ、それは世界の終わりにはならんかも知れんが、お前の (、、、 )世界の終わりではあるのかも知れんのだ。お前の言う通りかも知れんな………。同感だよ………。それはつまり、お前は、死ぬ前に没落し始めるだろうと云うことだ。当たり前の秩序の転倒と云うやつだな。ちっぽけだが、昨今では珍しいと云う訳でもない。しかし終末は我々全員に降り掛かる。そうなる前に、お前がお前でいられる間に、お前はしっかりした後ろ楯を確保する積もりなんだろう、えぇ? へつらうことも無ければ、妥協も無い」

 「そうしたいんだ」と息子は言った。「つまりしっかりした後ろ楯なんだ。僕は可能な限り、金稼ぎやら政治やら争奪戦やら群集行動やら、そんなものから遠ざかって、自分の特別な仕事を続けますよ。貴方がそれを可能にしれくれたんだ。だけど若し直接な挑戦にぶつかったら、若し僕が絶対仕事が出来ない様に妨害されたとしたら、若し僕や僕のタイプの者達の前にはっきりした機会が訪れたら………」

 「お前達に呼び掛け、お前達に強要して来る何かの為に働いたり、待ったり、観察したりすること………。独裁者達が痩せ衰え、荒っぽい者達が力を抜く時を待つこと………。お前はそれより悪いことをするだろう………。私の人生に関して言えば、今すべきことの他には何も無い。若し今お前達が連中と戦えば、単に旧い体制の為に戦うことにしかならん」

 自堕落に見えないように、また身振りに聖餐的な薫気を投げ掛けるように、目に見える努力を払い乍ら、カーストール医師は実に素晴らしいブランデーを少しばかり、手酌で注いだ。「健闘を祈る、息子殿。こう云う話が出来て良かった」







前の頁へ
1 2 3 4 5 6 78

inserted by FC2 system