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 「第三の道もあるぞ」と父親が言った。「お前は結婚しないかも知れん、ディック。お前は丸っ切り細君を見付けられ (、、、、、 )ないかも知れん。だがそれでも、誰か女性が現れることだろう。お前のことを考えてくれて、お前と結婚する決心をしてくれる女性がな。その時は結婚しろ。私は、それが物事の道理と云うもんじゃないかと思いたいね。とにかく、それが物事の進むべき (、、 )道なんだ。それが実際、彼女達の (、、、、 )仕事なんだ。畜生! 連中には他に何があるって言うんだ? お前は、そうした搾取的なのを惹き付ける程金持ちでもないし、恰好いい訳でもない様だ。だがお前が魅力に欠けるところがあると云う訳でもないぞ、ディック」

 「仰る通りにしますよ、お父さん。まぁちょっとだけね」

 「お前ならきっと (、、、 )選ばれることだろうよ。だけど、それは寧ろお前ではなくて、相手の女性の方の課題と云うことになるんだろうな。若し世の中が今ある通りに続くとしたら、多分彼女の方からお前を求めることだろう。私は人々を観察して来た。男が女を選び出すのは愚かしいことだ。男はそれに心血を注いだりはせん。別の方法を探るのがましと云うものだ。尤も、二十二、三になるよりずっと前に選んでしまっていいものかどうかについては、私は疑問に思っておるがね。そう云うものさ。相手の女性が我々の様なユーモアを持ち合わせていると分かったら、そしたら結婚して、彼女のことを神に感謝するがいい———彼女について疑問が生まれてしまう瞬間があったとしてもだ。満たされざる欲望や熱狂的な虚栄心を持った女なんてものは、人生最悪の代物だ。が、守り気に掛けるべき生活や責任あるもの*を持った女性と云うものは最良のものだ。私の言うことは本当だぞ………」

 それから医師は、自分では完全に独創的で非凡で傑出していると固く信じ込んでいる発言を行った———彼の様な境遇にある数知れぬ寡夫 (やもめ )達が言いたかった言葉だ。

 「お前の母さん程」と彼は言った。「善良で率直で、寛大で献身的な女性は、全世界にひとりもいやしなかった。母さんのことは憶えちゃおらんだろうな。私はあんなに判断が素早くて確かな人物を他に知っちゃおらん。母さんがいたら、お前は卑しい考えなぞ持つことは出来やしなかったろう。だがそれでも彼女は、政治のことを、男共の愚行の類いと考えていたんだからな———狩猟とか、競馬大会とか———彼女は科学のことを綿摘みか何かみたいなものと考えておったし、医療の現場が———へまの起こる不確実なことなんてことはこれっぽっちも考えたことはなかった。彼女は私が、治療が可能な時には何時だって治療してやるもんだと思い込んでおった。十五年前だ、彼女は死んで、私は今だに夢の中で彼女に話し掛けておる。私は彼女に話したいと思う様な事柄について考える。面倒なことになった時とか、或いは単に何かを彼女と分かち合いたくなった時とかだ。しかし世の中はそんな風に出来るものではない、ディック。そう云うものなんだ………。分からん、ディック、私達は何の話をしていたんだっけ………」

 彼は少しの間口を噤んでから元の話題に戻った。

 「お前は、科学的な仕事が自分の想像力に手綱を付けてくれて上手くやってゆけると思っておるだろう? 目を開かせてくれる、とな? お前のあの二つ目の論文は確かに潜望鏡を持っておる。あの展望は………。時々、我々生物学者が、我々独自の角度から政治に切り込む可能性について考えるんだ。若し世の中が今みたいな風に続いて行くものだとしたら———。我々は全世界を、精神病院として扱わなければならなくなるだろう。全人類が狂いつつある。狂気とは、その環境に対する精神的適応の完全なる欠如に他ならないのだからな。お若いの、遅かれ早かれ、お前達の世代はそのことに直面しなければならなくなる」

 彼はそこで止めて、息子の顔を覗き込んだ。



*使用したテキストに於ては"responsive"とあるが、文脈から考えて"responsible"の意に解した。



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