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 「あの———何と言ったっけ———無名の、気付かれざる貴族達」と若い方の男が言って、考えた。

 彼はテーブルに寄り掛かって、話し乍ら考えを纏めていった。「僕には考えがあるんですよ、お父さん、まだ未完成なんですけどね。つまり、我々が正気の新秩序に到達する前に、旧い制度のもっと遙かに大規模な掃討が必要だってことなんですよ………。新たな段階へ進むことが出来る様になる前に、世界は或る種の掃討を、旧い汚染された着物を焼き尽くすことを必要としている、ってね。現時点では、それは猛烈な妨害に遭っている………。まだ心の中でぼんやりとしているだけの考えではあるんですけどね………。破棄処分を受けた古い家並みを取り壊す様なものですよ。我々はこの掃討の段階を経ずしては、事をきちんと始めることは出来やしない。そしてお察しの様に、所謂文明人なんてものはこうした荒っぽい仕事には向いてないんだ」

 「多分、荒事でなけりゃ (、、、、 )ならんのだろうね?」

 「何だと思ってるんです? 保守主義ってのはしつこいもんです。世の中の旧い秩序、愛国者共や聖職者共や旧い法律なんてものは、理性的な人間を相手 (、、 )にしたりしないもんです。耳を貸しやしないんだ。連中は狡猾で、その道に掛けては巧妙だ。巧妙に莫迦なんですよ。連中には、自分達じゃ自己防衛なんだと思い込んでいる非知性的な自殺本能があるんですよ。連中は批判なんてものには絶対に (、、、 )耐えられない。連中は決して (、、、 )適応しない。連中は耳を傾け同意する様に見せ掛けて、その実トリックを使う。連中は どんな光も、明晰さも恐れている。連中は教育を曇らせる。連中は妨害する。ふん! 我々の (、、、 )相手 (ディール )だって! 連中はそれよりももっと荒っぽい奴等と取引 (ディール )をして、我々に対抗させようとするでしょうよ。連中の手からその荒っぽいのを分捕って、連中に対抗すべくその荒っぽいのを利用して、教育して、文明化してやらなくちゃならない———そいつが我慢出来る限りね」

 「些か回りくどくて陰湿だな」と老人は言った。

 「現代版のイエズス会的論理だ。寧ろマルクス先生の台詞かな、えぇ? その荒っぽい連中を『プロレタリアート』と呼んでみればそら、一丁上がりだ! 連中の規律を組織してしまうまで、連中にへつらうがいいさ。ことによると私は誤解しておるんではないかね?」

 「僕は出来る限り自分の考えを言っているだけですよ、お父さん。お父さんが頼んだんですよ。だけど僕は『一番荒っぽいのを勝たせろ』以外に現状を打破する方法は無いと思います。世界で一番荒っぽい奴を確保した途端、その人は効率的に、次のあり得べき荒事から自分を護る為に組織を作らなけりゃ、それも迅速にやらなけりゃならなくなる。その男が大物になればなる程———多分次の荒事は世界規模になるでしょうからね———彼と彼の一味が管理出来る政権や計画は益々小さくなってゆくでしょう。そしてそれにつれてその男は有能で、腹の据わった、比較的野心の無いタイプの人間を用い、信用しなければならなくなる」

 「つまり我々の様なタイプかい? 我々高潔なタイプの人間を? だろう?」

 「ウウン———そうです」

 「民主主義の後は、独裁者となった扇動者共、その後は〈世界市民サーヴィス〉かい? フェビアンの普及とかそんなものだな。その〈市民サーヴィス〉についてはどうだかな。そいつは安楽さに対する高い水準や、依存への嗜好を発達させてしまうだろうな」

 若者は再考した。「あらゆる紛糾と幕間狂言は」と彼は言った。「だけど、好むと好まざるとに関わらず、僕の言うそうしたものはこの先の筋書きの一般的な姿なんですよ。お父さんの言い方で言えば〈世界市民サーヴィス〉———その抑制的な力、それはだけど———〈世界世論〉に基づいたもなんです」

 「そうした類いのものは」と医師は、葡萄を口に入れた儘言った。「エジプトに存在した。古代のエジプトにな。それは実際、世界そのものだったんだ。紀元前二十世紀。素敵に洗練された人々だ」

 一時、彼等は荒れ野に目を向けた。


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