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 「うん、とにかくだ、こうした下卑た民主的発想の実際的な成果はと言えば、我々の様な資質の男達が———そうなんだ、くそッ! 我々には (、、 )資質がある———彼等が担うべき困難で感謝されることの無い奉仕を辞退してしまっていると云うことなんだ———群集に対してじゃないぞ、ディック、人類 (レイス )に対してだ。長い目で見れば、そんな風に、我々が責任逃れをする様にしてしまうんだ。我々は出しゃばる様な真似はしない、絶対に。我々は肩を竦めて、ガチョウ共を、飢えた羊共を、生まれついての追従者共を、何と呼んでもいいが、我々の様な躊躇いを持たぬ指導者共の手へ委ねるのさ。哀れな雑種風情共は、こうした、もう人間の消費高には適さない、古い死んだ宗教を鵜呑みにするんだ。そして我々が言うことと云えば『やらせとけ』だ。連中はあの阿呆らしい新聞を貪り読む。連中は、星々が連中への衝突コースを描いている最中だろうと、ゲームや、賭博や、ショウや戴冠式や、そうした大衆の阿呆さ加減で以て、公の出来事から気を逸らせる。我々は (、、、 )何も言わない。何も聞こえない。我々は、連中を大災害へと突き進ませる単純な信念を破壊してはならん。我々は、連中の決定に疑問を差し挿んではならんのだ。それは民主的とは言えない。それで我々はここに座って、内々にこう言うんだ、哀れなクズ人間共は、自分達を、その恐るべき新しい諸条件に適応させるのに失敗 (、、 )している———まるで世の中は連中の味方なんだってことを少しでも知る機会があったかの様に、とな。連中は愛国主義だの、旧態依然の宗教的な偏見だの、民族的な幻影だの、理解の及ばぬ経済的な諸力だのによって突き動かされている。恐るべき機械力の成長の真っ直中で………」

 彼は短い休止を入れて息子を凝っと見たが、息子の方は彼に薄らと微笑み返して続けるようにと頷いてみせた。

 「お前は丸四十年と云う間ひとつの共同体を観察して来た経験がある訳じゃない。私はある。私のここでの診療は人類の公平なサンプルだよ………。私は或る種の自己満足が、この世界から消えて行くのを見て来た。夕闇の様にな。私がこの開業所を買った時分は、私の所へ遣って来る者は皆、どんな男だろうが、この世界には自分の居場所があると感じ、また自分が為すべきこと、してはいけないことがあると感じていたもんだ。恐らくその頃の人々は今より低く、もっと地べたに近かったんだが、それが世の中の有り様だったんだ。普通の人間は、自分が理解していると思っている流儀に沿って生きておった。それが今では———

 「ディック、人々はもう昔の様には仕事で率直にはなれんのだ。連中は、正直は最上の策と感じるのを止めてしまった。連中は、不公平に思える競争によって自分達が滅びてしまうだろうと云うことに気が付いたんだ。連中はそれに対抗して誤魔化しをすることによって五分五分になろうとしている。だが連中はそれ程賢い訳じゃあない。連中は当てにして来た自分達の所得、自分達の支払いや何やかやが、課税に襲われ、通貨操作や不況によって打ち砕かれ、このカネを巡る一切のゴタゴタ、インフレーションとか、デフレーションとか、その他全てのものによってによってバラバラにされているのを目の当たりにしている。賃金労働者でさえ、今じゃ自分達の金で何が買えるか分かりっこないときている。もっともっと沢山の人々が、株や証券を詰めた貧しい財布を持ってブラブラし乍ら、資本相場に応じて狩りをしている。それが今の偉大な時代と云う訳だ。私はこのことを、こないだの夜三人のそれぞれ違った人達から三回も聞かされたよ。四十年前なら仲買人としてやっていた男一人につき十人の割合で、ケチで惨めな方法で投機をする連中が居る、と云う訳だ。十人、と言ったかな?———五十人だ。連中は夜中に目が覚めて横になる。連中は慢性的な消化不良を抱えている。連中は神経衰弱と神経炎に罹っている。或る者達はあからさまに賭けている。こうしたサッカー賭博と云うのは、徒な望みとか社会的な水腫と云う一種の病気だぞ。女性が (、、、 )賭け事をする。昔はそんな話は聞かなかったもんだ。今じゃ私が受け持っている所には、ディック、五十以下で、仕事を立派に成し遂げることに満足を見い出したり、それが何かの酬いを保証してくれると信じている者は殆どおらん。それが社会の安定に対して何を意味するものか、考えてみるがいい………


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