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 老カーストール医師のことを、ウィットロウ夫人はとても懐の深い、慎重な人だと思っていたが、彼はよく息子と色々なことについて話したがった。一般的な事柄や、根本的な事柄、あらゆるものの目的や、何が問題だと思うのか等、そうした類いのことどもについて。そしてあらゆる知的な父親がそうである様に、彼は息子のことを恐れ、引け目を感じていた。彼の感じでは、彼等若い人達と云うものは、こちらが知っているよりも随分沢山のことを知っていて、こちらが知っているより随分少ないことしか知らないのであった。誰かが、彼等にすっかり手の内を見せるか何かしてやって、彼等がしていることについて彼等自身がどう考えているか、幾許かを知るべきなのだ。世代間にはそれ相応に連続性と云うものがあって然るべきなのだ。彼の息子はアルプスに、月並みで健全で、ひたむきな若者にとってそれ程高くは付かない遊び場に行く途中で彼の家に立ち寄ったのだが、それは丁度絶好の機会を与えてくれるものの様に思われた。彼等は夕食の席に着いたが、それは大変結構な夕食で、何しろ医師は料理人にとっては付き合い易く良い刺激となる雇い主であったのだ。

 「最近の世界は妙な具合になっとるね」と老人は口火を切った。「こうしたことについてどう思うね、ディック?」

 「旧き世界死につつあり、新しき世界生まれ出ようとして叶はず———そんなことを言ってたのは誰でしたっけ?」

 「唯一つの世界は死んだりまた生まれたりはせんものだよ」と医師は言った。「若しひとつの世界が死んでしまったら、それはもうそれっきりと云うことだ。その線を越えて何かがある訳じゃない………。お前は多分———いや無論産科のことを念頭に置いているのであれば、そうしたイメージでも通るんだが。出産時の死亡………。不死鳥………。そんな感じのね………。お前の (、、、 )世界は実際のところ、死につつあるのかね、ディック? それでお前はそいつをどうしとるんだね?」

 それまで若きカーストールはゆったりと構えて座り、普段の会話の通りの仕方で父親に返答をしていた。今度は彼は少し姿勢を正した。彼は前の返答がぞんざいだったと感じていたのだ。「僕の様な年齢の者はですね、自分の世界が死に瀕しているなどとは考えないものですよ」と彼は言った。「それは自然じゃないんです。だけど我々は確かに問題を抱えた時代にいますよ。危険な時代にね」

 「世界についての解説をしてくれる連中、それにラジオで喋ったり、雑誌とか新聞とか、そうしたものに書いたりする連中は、最近はこんな文句を言っとる様だ。何だっけ? ああ!———不完全な適応 (、、、、、、 )だ」

 「初歩的な発言としては悪くないな。そう思いませんか、お父さん? 世界のあらゆる新しい力や道具に対する不完全な適応。不器用にしかそれらについてゆけない、それらを下品に使用する、新しい可能性や危険に歩調を合わせてゆかない。とりわけ危険に対して。空中戦争と大崩壊一般。一目瞭然じゃないですか」

 「何年か前、私達は、道徳が———何だったっけ?———物質的な進歩? に対して優位を保つことに失敗しているってことについて話し合ったっけね」

 「普通は司教達が言うものですよ、お父さん。僕はそう云う、航空機だとか映画だとかラジオだとか自転車だとか、そうしたものについての小言には大して価値があるとは思わないんです。いいや、適応しなければならないのは道徳的な側面なんだ。道徳は常に適応しなければならないものだったんです。確定した最終的な道徳なんてものは存在しやしない。司教さん達はそう考えたがっているけれどね。天の不動の法! まるで無効になりつつある特許を持ってるか———さもなければ消えつつある商売をしている頑固な人達みたいなもんです。連中の代物はもう立ち行かないと云うのに、まだ諦めたりしない。そう、諦めないんですよ。教会がその請願書に破産を申し渡して、もう次の年金は来ませんよ、となるまではね。だけど連中のゲームは遠からず終わりになるんだ、()の道ね。我々は、我々自身が直面しなければならない、この変えることの出来ない新しい事実に合わせた、新しい価値や発想を手に入れなくちゃならないんだ。さもなきゃ落ちぶれるだけです」


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