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 彼はヘレンに、最初の殺害の成功、文字通り顕微鏡レベルの成功について話した。彼は非常に淀んだ水を調合して、スライドに滴を垂らした。それから顕微鏡を通して、微生物の群れが動き回っているのを観察した。殆どの場合、それらは波形の尾で泳ぐ寸胴のソーセージの様な姿をしていた。サイズは多々まちまちだった。彼はそれらを象や牛、羊や兎に見立てた。彼の考えでは、彼はこれら小さな生き物の内のひとつの化学作用を停止させ、仍てそれを殺すことが出来る筈だった。彼はそれらの内部の働きに関して多くを学んでいて、どんな主要過程に最も上手く取り組めるのかを知っていた。ところが、この忌々しい連中は余りにも速く動き回る為、彼は十分な時間そのどれかに集中することが出来なかった。彼は大群の中で彼の犠牲者を逃し続けた。しかし遂に「兎」のひとつが、スライド上のそれ程込み合っていない箇所にすうっと入って来て、彼は例の芸当を施すのに十分な間、注意を固定させた。彼は重要な化学的過程が停止するように念じ、事実それは停止した。その生き物は動くのを止め、何時までも凝っとしていた。それは殆ど確実に死んだのだ。この成功は、彼を「神の様な気分」にさせた、と彼は言った。

 その後彼は、脳を凍結させることによって蠅や甲虫を殺すことを学んだ。それから蛙を試してみたが、これは成功しなかった。彼は王手を掛けるべき微小な主要過程を見付けられるだけの生理学を知らなかったのだ。しかし乍ら、彼は大量にものを読み、遂には成功した。鼓動を制御する脊髄の中の或る繊維の神経電流を、彼は造作無く停止させたのだ。駒鳥に対しても、彼はこれと同じ方法を用いた。

 「これは始まりに過ぎない」と彼は言った。「間も無く世界は僕の足下に(ひれ )伏す。君が僕の仲間に加わるなら、君の足下も一緒と云うことだ」

 この独白の間、少女は嫌悪と魅惑との間で引き裂かれつつ、熱心に聴いていた。このことの一切に関して何か嫌な感じがしていたが、しかし昨今は何事にもびくびくし過ぎている訳にはいかないのだ。加えて、恐らくこれは兎に角道徳とは何の関係も無かった。何時もと同じことで、ジムは火遊びをしているのだ。なのにおかしなことに、話している間に彼はどれだけ成長してしまった様に見えたことだろうか。どうした訳か、彼はもうぐずで乳臭くは見えなかった。彼の興奮する様子と、そして彼の力が本物であると知ってしまったこととで、彼はゾクゾクする程不吉に見えて来た。しかし彼女は慎重に距離を置くことに決めた。

 ジムがやっと静かになった時、彼女は、欠伸を噛み殺す振りをして言った。「随分と頭がいいのね! 巧い手品だったけど、趣味が悪過ぎるわ。あんまりやり過ぎると、最後は絞首台ってことになるわよ」

 彼はせせら笑ってこう言った。「君らしくもないな、そんな腰抜けだったなんて」

 愚弄されて彼女は傷付いた。彼女は腹を立てて答えた。「馬鹿なこと言わないで! 貴方が下劣な手品か何かで鳥を殺せるからって、何で貴方が言うみたいに私が仲間にならなきゃいけないの?」

 ジムの人生には、彼が口に出さなかった幾つかの出来事があった。彼にはそれらは目下の問題にとっては無関係である様に思えたのだったが、実際には全くそうではなかった。彼はずっと虚弱だった。彼の父親はプロのフットボール選手だったのだが、彼のことを軽蔑し、か弱い母親を責めた。両親は新婚旅行以来殆ど、猫と犬の様な生活を送って来たのだった。学校では、ジムは徹底的にいじめられ、結果的に彼は、強者への強い憎悪と、同時に、自身が強くなりたいと云う執拗な願望とを抱く様になった。彼は聡明な若者で、地方の大学での奨学金を確保した。大学生の時には、彼は人付き合いを避け、科学の学位の為に懸命に働き、原子物理学研究のキャリアを目指した。既に彼の心を占めていた情熱は物理的な力であったので、彼はその最も壮麗な分野を選んだ。だが何故かかその目論みは頓挫した。十分に満足の行く学歴にも関わらず、気が付くと彼は産業研究室の程度の低い仕事に忙殺されていた。原子物理学に専念する大施設のどれかでのポストを得られるまでの当座凌ぎとして引き受けた仕事にだ。この停滞の中で、彼の生来の気難しい気質は悪化した。彼は公正な機会を得ていないと感じた。彼より劣った連中が彼を追い越して行った。運命は彼に味方してはいなかった。実のところ、彼は被害妄想の様なものを増大させて行った。だが真相は、彼が協力者としては駄目だったと云うことなのだった。彼は基礎的な物理研究の非常に複雑な仕事には如何 (どう )しても必要となる恊働精神を育んで来なかったのだ。そにれにまた、彼は物理理論に純粋な関心を抱いていた訳ではなかったし、高度な理論的研究の必要性に対して我慢が足りなかった。彼が望んだのは力、個人としての自分自身の為の力だったのだ。彼は、現代の研究が協力して行うものであること、そしてそこでは誰かが輝かしい名声を獲得することがあるかも知れないが、個人としては少しの物理的な力をも獲得することが無いことを認識していた。他方で念動力は、恐らく彼の心からの望みを叶えてくれるかも知れなかった。彼の関心は急速に、より見込みのある分野へと移行して行った。以来、研究室での彼の仕事は、生計の為の単なる手段に過ぎなかった。


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