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神は種を蒔かれた。花はゆっくりと芽を吹く。
神は望む時にそれを摘み取るであろう。



 仕事の出来なくなった老人が居て、娘が世話をしていた。晩に彼等は家の戸口に座った。老人は自分の盛りの頃の話をし、少女は縫い物をした。ところが家の側を走り去って叫んだ者が居た。「敵だ、敵だ!」老人は怒りに燃えて立ち上がり、言った。「神よ、奴等を打ち給え!」しかし少女は彼を家の中に入れ、旅の支度をさせた。それから収納箱から蓄えの金貨九枚を出して、ハンカチの中に結び入れ、体に着けて隠した。そこへ敵の兵士達が、娯楽を求めてどかどかと入って来て、少女を見付けて喜んだ。だが彼女は彼等の前に立ちはだかって言った。「友よ、私達が持っているものは全て貴方達のものです、ですが私の父と私とは貴方達のものではなく、神のものです」彼女が神聖であることを見て取り、彼等は恥じた。だが彼等は彼女に、戦いがあるだろうから、父親と家財道具と共にそこから去るように言った。そこで彼女は年老いた馬を荷馬車に繋ぎ、父親を荷馬車に乗せ、家財道具を集めて荷馬車に積み込んだ。それから彼女は父親の横に乗り込み、走り去った。

 次の日の路上で、彼等は兵士ではない若者に会った。彼が事実臆病者などではなく、平和の使徒であることが彼女には分かったが、そのことで彼女は心の中で彼を讃え、彼のことを忘れなかった。

 彼等は、割り当てられた場所に辿り着くまで五日間旅を続けた。彼等は土地と木の小屋を与えられ、そこに住んだ。少女は父親が快適に過ごせるように家を整え、野菜を植える為に土地を耕した。若者達は全て戦争に出ていたので、彼女は畑での仕事に自ら稼ぎに出た。しかし彼女と共に働く者達は胡散臭そうに彼女を見た。彼女がこう言ったからであった。「誰もが平和の使徒であれば良いのに」

 冬と共に、大変な寒気と雪が訪れた。老人は病んで死の床に就いた。彼は言った。「神よ敵を罰し給え、こんな目に遭うのも奴等の所為だ」しかし少女は答えた。「嗚呼、彼等も又神の子です。神は彼等を愛していらっしゃいます」そしてこうも言った。「平和の使徒の若者を憶えていますか?」彼は言った。「川が血を海へ注ぎ込み、人々が落ち葉の様に死んで行き、あらゆる土地が荒廃しても、地は平和の使徒で満ち溢れているじゃろう」

 彼は娘の上に手を置き、祝福して言った。「神はお前の様な者を欲しておられる、娘よ、愛しき者よ」そして彼は死に、彼女は独り啜り泣いた。彼女は清潔なリネンできちんと父親を寝かせ、夜明けまで死者と共に座って、死について考えた。

 或る春の晩、彼女が畑を通って家に帰ると、「僕は平和の使徒です」と言った若者が彼女の前に立っていた。彼は言った。「君の為に僕は兵士になった。僕の心臓が早鐘の様に打ったからだ。君の為に僕は独善を抛って、喜んで戦った。だけど或る時剣を持った男を追っていると、彼が躓いたんだ。彼が躓いたから、僕の手は彼を打つことが出来なかった。殺すことの凄まじい恐怖が襲って来たので、僕は狂人の様に逃げ去った。僕はずっと兵役を勤めて来たけれど、その為に死ぬかも知れない。そのことを言う為に、実に三日もの間君を捜したんだ」さて彼女は彼の言葉を図り兼ねたが、彼女は彼を愛し始めていた。それから二人は畑の間をそぞろ歩き、離れたがらなかった。しかし到頭彼等は彼女の庭へ着き、緑に囲まれて静かに立ち尽くした。彼女は言った。「星々を見て、彼等も又神の子なのよ。きっと彼等も愛するけれど、殺したりはしないのだわ」だが彼は彼女に星々のことを、あれらは大きな恒星であり諸世界であると語った。彼女は言った。「それらの諸世界に住んでいる人達、彼等はどうなの?」彼女は両手を上げて天の方へ向け、それらの人々に挨拶をした。そして彼女は彼等に言った。「私の知らない兄弟姉妹達よ、貴方達もまた働き、泣き、愛するのですか? ならば私は貴方達を愛します。貴方達は憎み、殺し、戦争をしますか? それでも私は貴方達を愛します」それから二人は星々の荘厳さと、互いの神秘を前にして暫し黙り込んだ。彼は言った。「君が証してくれるまで、僕は神の何であり得るを知らなかった。神はあらゆる星々を統べる者であると同時に、ひとりの少女の魂なんだ」

 男達が彼を捜しに来て、脱走兵として彼を逮捕した。彼等は言った。「勇敢な男達は死んで行っているのに、貴様は娼婦の様にこそこそ隠れるのか」彼は怒りに我を忘れ、彼等を傷付けた。だが彼等は彼を捩じ伏せて殺し、その死体を持ち去った。

 少女は緑に囲まれて、庭の小径で静かに立ち尽くした。彼女は再び両手を上げて天の、そこに居る人々の方へ向けた。彼女は彼等に叫んだ。「私と共に、私と共に泣いて下さい、貴方達。私は友達を奪われました」だが彼女は泣かなかった。彼女は星から星へと見詰め乍ら立ち尽くし、死に目を見張った。友達の存在を近くに感じ、彼女は大いなる恐怖と歓喜とに包まれた。



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