前の頁へ
1 2 3 4

次の頁へ



 時間旅行をすると気分が悪くなって混乱することについては既に述べた。しかも今回私はきちんと鞍に座っていた訳ではなく、横向きに、安定を欠く恰好でいたのだ。どれ位そうしていただろうか、私は傾き、振動する機械 (マシン )にしがみ付いていたのだが、どんな具合に進んでいるのか注意することは全く出来なかった。そして勇を鼓して再び目盛盤に目を向けた時、私は自分か何処に到着したのかを知って驚いた。目盛盤のひとつは一日単位を、別のものは千日単位、またもうひとつは百万年単位、また別のものは十億年単位を記録する。さて私はレヴァーを反転させずに、前進する為に止めておいたのだが、表示器に目を向けてみた時、千の針が時計の秒針の如き速さでぐるぐると飛び去って行っていることに気が付いた——未来に向けてだ。前回真っ逆様に落ちてしまったことを憶えていたので、私は大変慎重に、自分の運動を反転させ始めた。針の旋回が次第にゆっくりとなり、やがて千の針が動かなくなった様に見えたが、日単位の針の方は最早その目盛りの上の単なる霞でしかなかった。更にゆっくりになると、荒涼とした浜辺のぼんやりしとした輪郭が目に見える様になってきた。

 私は停止した。私はまばらな植物に覆われ、薄い霜の所為で灰色をした寒々とした原野にいた。時間は真昼頃で、その輝きを失ったオレンジ色の太陽が、殺風景な灰色の空の上の子午線近くに垂れ込めていた。僅かばかりの黒々とした茂みが、その景色の単調さを破っていた。つい最近、とそう私には思えたのだが、自分がその中にいたところの頽廃した人類の偉大なるビル群は消え、跡形もなくなっていた。それらの位置を示す塚ひとつ残さずに。丘や谷、海や川——全てが、雨と霜による摩耗や作用によって、新しい形へと溶け込んでいた。疑いもなく、雨と雪とが遠い昔にモーロックの隧道を押し流してしまったのだ。身を切る様な微風が私の両手と顔に突き刺さった。私に見える限りでは、丘も、木々も、川もなかった。唯侘しい台地の平坦な広がりがあるばかりだった。

 すると突然、原野の中から暗い巨体が持ち上がった。何か鉄板のギザギザの歯の様に閃くもので、殆ど直ぐに窪みの中へと消えてしまった。それから私は、夥しい数の掠れた灰色をしたものどもに気が付いたのだが、それらは霜に喰われた土壌と殆ど同じ色合いをしており、其処彼処で疎らな草を食み、あちこち走り廻っていた。そのひとつが急に飛び上がって跳ねるを見て、私の目は恐らくそれらの正体を見抜いた。最初は兎か、或いは小さな種類のカンガルーではないかと思った。それから一匹が私の方へ跳ねて来ると、それがそのどちらの集団にも属していないことが見て取れた。それは蹠行動物だったが、その後ろ脚は随分と長かった。尻尾はなく、頭の周りは密生した真直ぐな灰色がかった毛に覆われており、まるでスカイテリアの鬣の様だった。人類がその黄金時代に於て、若干のお飾り的なものを除いて他の全ての動物を絶滅させてしまったことを理解していたので、私は当然乍ら、その生き物達に興味を持った。連中はこちらを恐れている様には見えず、丁度兎が滅多に人の訪れない場所でそうする様に食み続けた。それで多分標本を手に入れられるかも知れないと云う考えが頭に浮かんだ。

 私は機械を降り、大きな石を拾い上げた。私がそうするかしない裡に、その小さな生き物達の一匹が楽勝の範囲内にやって来た。幸運にも頭に命中し、それは一度もんどりうってから動かなくなった。私は直ぐに駆け寄った。それは死んでしまった様に静かな儘だった。それが両方の前脚と後ろ脚とにか弱い五本の指を持っているのを見て、私は驚いた——前脚は(まさ )しく、蛙の前脚がそうである様に、殆ど人間の様だった。更に、突き出た額と前方を見る目を持った丸みを帯びた頭部は、ひょろ長い髪に覆い隠されていた。些か同意するに難い或る懸念が頭の中で閃いた。人間の特徴を示すかも知れないその歯や他の解剖学的な特徴を検べる積もりで、私が跪いて獲物を捕えると、既に仄めかしていた金属の様な外観をした物体が、原野の稜線上に再び現れ、ガチャガチャと音を立て乍ら私の方に向かって来た。直ちに、私の周りにいた灰色の動物達が、短く弱々しくキャンキャンと応え始めた——まるで恐怖に怯えているかの様に——そして、この新しい生き物が近付いて来るのとは反対の方向へすっ飛んで行った。あっと云う間に一匹も見えなくなったところを見ると、連中は巣穴の中や、茂みや叢の陰に隠れてしまったに違いない。


前の頁へ
1 2 3 4

次の頁へ

inserted by FC2 system