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 私は立ち上がって、この面妖なる怪物を観察した。私はそれを、百足に例えることでしか描写出来ない。それは体高が大体三フィートで、恐らくは三十フィートはある長い分節化した胴体を持ち、興味深いことに重なり合った緑っぽい黒色の脚をしていた。それは多数の脚で這い、進む度にその胴体を輪の様に丸めていた。点の様な黒い目が多角形型に並んだその平べったい丸い頭部には、しなやかで、のたくった角の様な二本の触角が生えていた。私の判断するところ、それは時速八から十マイルの速度で進んでおり、それで私にも少し考える余裕が出来た。地面に横たわっている例の灰色の動物、或いは灰色の人、何でもいいが、それを放っておいて、私は機械の方へ向けて出発した。見捨てたことが悔やまれて途中で立ち止まったのだが、肩越しの一瞥がそんな後悔を吹っ飛ばしてしまった。私が機械に達した時、その怪物は五十ヤードそこそこの所に迫っていた。それは明らかに脊椎動物ではなかった。鼻はなく、口は関節のある暗色をした(プレート )で縁取られていた。しかし私は近寄って見る気にはなれなかった。

 私は、あの大入道がいなくなり、我が犠牲者の痕跡を何か知ら見付けられるのではと望みをかけて、一日を横断してから再び止まった。しかし私の判断するところ、巨大百足は骨のことで手子摺ることはなかった様だ。何れにせよ、双方とも消えてしまっていたのだ。これら小さな生き物達に僅か乍ら人間らしい感触が見られたことに、私は大きな当惑を感じた。諸君だって考えてみるならば、何故堕落した人類 (ヒューマニティー )が結局は、全土の脊椎動物を生み出した泥魚の子孫達の様な数多くの種の様に分化しなかったのか、その理由は思い当たらないだろう。それ以上巨大昆虫は見掛けなかったが、私の考えでは体節性の生き物が居た筈だ。明らかに、現時点では全昆虫を小さいものに留めている物理的な障害が結局は克服されてしまっていたのであり、動物界に於けるこの門は、その途方もない活力 (エネルギー )生命力 (ヴァイタリィー )とに相応しい、待ちに待った優位に到達していたのだ。私は何度か例の灰色がかった害獣をもう一匹殺すか捕まえるかしようと試みたが、私の投げたものは、初めの様には上手く当たらなかった。そして、恐らく十数回ばかり期待外れの投擲をした後で腕が傷み出すと、この様な遠い未来に何の武器も装備も持たずに来てしまった自分の阿呆さ加減に対して急に腹が立ってきた。私は更に遠隔の未来を一目見る為に——時間のより深き深淵を覗き見る為に——それから諸君と、自分自身の時代へと戻る為に、続けて進もうと腹を決めた。もう一度私は機械に乗り、そして世界はもう一度霞みがかった灰色になった。

 運転を続けると、ものごとの外見の上に奇妙な変化が忍び寄ってきた。脈動する灰色が濃くなった。それから——私はまだ途轍もない速度で移動していたのだが——通常は歩みの遅くなったことを示すものである、日と夜との連続した瞬きが戻って来て、次第次第に顕著になっていった。これは当初大変に私を困惑させた。夜と日との反復は段々ゆっくりになり、空を行く太陽の運行もそれに調子を合わせ、お終いにはそれらは何世紀にも亘って延べ広がるかに思われた。遂に規則的な薄明かりが地上に垂れ込め、この薄明かりは朧な暗天を彗星がギラギラと横切る時にのみあちこちで破れた。太陽を示す光の帯は、随分前に消え去っていた。と云うのも、太陽は沈むのを止めてしまっていたのだ——それは西から昇って落ちるだけで、曾てない程に大きく、赤くなっている様だった。月の痕跡は全て消え失せていた。星々の旋回も次第にゆっくりになり、のろのろとした光の点に取って代わられていた。到頭、私が止まる少し前になって、赤く、非常に大きな太陽が、地平線の上で凝っと歩みを止め、広漠としたドームが鈍い熱を放ち乍ら輝いていたが、時々瞬間的に消えてしまうことがあった。一度それはほんの短い間だけ、再び燦々と光り輝いたが、急速に陰鬱な赤熱へと立ち返ってしまった。その出没がこうしてゆっくりになったことからして、私は潮汐力の作用でこうなったのだと見て取った。地球は太陽に一方の面だけを向けて静止していた。前回真っ逆様に落ちてしまったことを憶えていたので、私は大変慎重に、自分の運動を反転させ始めた。針の旋回が次第にゆっくりとなり、やがて千の針が動かなくなった様に見えたが、日単位の針の方は最早その目盛りの上の単なる霞でしかなかった。更にゆっくりになると、荒涼とした浜辺のぼんやりしとした輪郭が目に見える様になってきた。


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