『時間機』より
第14章:更に遙かなる光景 ヴィジョン
(Chapter14: The Further Vision)



 ウェルズは「時間旅行」と云うアイディアを、7年もの間自身の「秘蔵っ子」として温めていた。最終的な形になるまでに5回稿を改めているが、それぞれの内容は全く異なっている。最初にそれが公の場に出たのは1886年の Journal で、3回に亘って連載された。1894年には7編の論文の形で National Observer に連載された。そして1895年に National Review に連載され、同年ハイネマン社から The Time Machine と云う題名に改められ単行本として出版された。

 今日出回っているものは、原書、翻訳書を含めてハイネマン版を底本とするのが倣いとなっているのだが、実はこの単行本化に際して数頁分削られた場面があったと云う事実は、余り知られていない。この訳では1頁目2段落目から2頁目2段落目まで、時間旅行者がカンガルー人間や巨大昆虫のいる時間帯に旅行する件である。無削除版を編集したE.F.ブレイラーの推測によれば、「荒唐無稽過ぎるか、或いは物語の構造的発展を弱めてしまうと考えたのではないか」とのことであるが、実際のところどうであったのかは知られていない。

 『タイム・マシン』の邦訳は大正時代から何度も、児童向けのものも含めればそれこそ何十回も行われてきてはいるが、この「失われた数頁」を訳出している版は見当たらない。古いものや児童向けのものについては確認し切れなかったが、少なくとも現在出回っている邦訳でこの箇所を訳しているものは存在しない様だ。知られざる「もうひとつの時代」を堪能されたい。

 尚、「前回真っ逆様に落ちてしまったことを憶えていたので」以下の文章が重複しているが、これは当該部分をカットした際の混乱がその儘残ってしまった為かと思われる。


本文へ

inserted by FC2 system