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 程なく、怪現象は変容した。それは単一の恒常的な顔ではなく、次々と感知出来ぬ程度に変化する顔の形の連続であるのが判った。それはまるで、この天界の存在に於ける思考の流れがその(かんばせ )の全構造を改造してしまうので、人格的な連続性と同一性の微妙な雰囲気を除いては、何物も同じものに留まってはいなくなってしまったかの様だった。雲が形を次々と変える様に、この亡霊は間断なく変態を続けていた。今は神話上の獣の様に見えたかと思うと、次は鼻孔に戦いの印を付けた立派な青年、今度はスフィンクス、自分の子供の上に身を屈めた母親、磔にされた子供、おどける悪鬼、多数の複眼と鋏の様な下顎を持った巨大で非人間的な昆虫の顔、そして今度はほんの一瞬だけ、鬚を蓄えたエホバの様に見えるのだった。

 だが不可解なことに、私はこれらの変形全体を通じて、最初に私の前に現れたひとつの特異な至高的人格の存在を感じ取り続けていた。

 変形はより速くなり、より困惑させられるものになっていった。特徴は互いに分裂していった。ひとつの顔の代わりに、そこには何かを探るか作るかしている千もの手と混ざり合った千もの目があった。私はその幻視 (ヴィジョン )の薄暗い深みの中に、千ものたるみ、猛り立った男根の形を認めた様にも思った。

 だが、これら多数の幻想的な変化を通して、私は、自分が目撃しているのは単なるイメージの混沌ではなく、特異で至高的な或るものの表明なのだ、と言う感覚を持ち続けていた。「これは神だ、これは神だ」と私は独り呟いた。しかし若し実際に神が存在するならば、それは相対性理論同様目に見える筈のないことを私は知っていた。次第に薄れゆく確信と共に、私は自分が狂っているのだと自分に言い聞かせた。それにしても、斯くも奇抜で、斯くも圧倒的なこの怪現象が、狂気の捏造したもの以外の何物でもないと云うことを信じるのは不可能だった。

 「これは(まさ )しく神なのだ」と私は自分にそう断言した。「これは彼自らの幻想的な象徴を通して、私の狂った心をして真を創造せしめた神なのだ」少なくともそれで私は自らを慰めた。

 今や私は星々の眺望を失っていた。私は自分自身がへばり付いている惑星の知覚を全て失っていた。私自身の肉体さえ、溶解し、消失してしまっていた様に思えた。だが内面では私の心ははっきりしており、そして何時にない軽快さにまで活気付いていた。私は少しの間、私をこの幻視 (ヴィジョン ) へと導いた一連の出来事を思い出した。私は自分の人生のあらゆる動静を、それに伴う手探りで満たされぬ多くの活動と共に思い出した。私は人間的な事柄に於ける現代世界の危機を思い出した。何百万もの失業、欧州とアメリカに於ける野蛮の再発、新世界へ向けての孤独な苦闘。

 神の無数の謎めいた眼差しの下、私は自分がこれら地球上の局面全ての中に、何か新しい意義を探しているのに気が付いた。しかし私にはそれが何なのか分らなかった。


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