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 尚も上方を見詰め乍ら、私は星々の間の闇の中に何かがあるのに気が付いた。最初それは外的な光を奪われた時に目の中に見える様な、移り変わるぼんやりとした照明にしか見えなかった。しかし今や驚いたことに、そしてまた当惑し恐怖しつつも信じられない程に楽しかったのだが、私は巨大で朧に光る顔が、星々の背後から、天の川の背後から、私を注視していることを認めた。

 その恐るべきものは、空の半分にまで広がっていた。そしてそれは逆様だった。両目は南に低く見えた。顎は天頂とその彼方へと覆い被さっていた。北の地平線へ向かって巨魁な両肩がぼうっと下っており、その遙か下方には多数の腕が犇めき合っていた。

 こうした幻視 (ヴィジョン )は明らかに狂気を意味していた。銀河の背後に人間の或いは半分人間の形をした性質の何かがいて、星々のヴェールを通して覗き込んでいるなど、そんなことはあり得ないことだ。額面通りに取ってみれば、その怪現象は、近代科学の教えていること全てを侵害していた。

 私が錯乱によって思っていたよりも苦しんでいたのか、或いは私の前に現れた幻覚の呆然とする程の悪趣味さにショックを受けていたのか、或いは、それが結局は本当の知覚だとしたら、その時我々の科学が被ることになる挫折と云う考えにむずむずしていたのか、私には判らない。

 自分自身の正気に対する不安から、私は無理矢理自分をしっかり保とうとした。私の様な科学的な心を持った人物にしては、これは余りにも未熟で陳腐な錯覚だと、私は嘲る様に反省した。召使い女達や野蛮人達ならばこの様な亡霊に取り憑かれることもあるだろう。しかし私、懐疑的な知性を持ち合わせたこの私ならば、これを単に嘲り笑うことによって、きっと退散させることが出来るだろう。尚も空の方を凝視し乍ら、私は超銀河宇宙 (トランスギャラクティック・スペース )の空虚な広漠さを心に思い起こした。しかしその像は視界の中に残り続け、そして次第に明確になっていった。

 恐慌が私を襲った。しかし絶望的な努力によって私はそれを押し返した。自分を落ち着かせる為に、私はその怪現象を注意深く分析してみることにした。それは実に奇抜だったので、正気を失うことに対する恐怖でさえも、私の好奇心を完全に抑えることは出来なかった。

 普通の姿勢でそれを見てみようと、私は頭を後ろに投げ出し、ヒースの上に横たわった。その神々しい顔は、他のどの顔にも似ていなかったか、或いはどの顔にも似ていた。それは人間であって人間ではなく、動物であって動物ではなく、神聖にして全く神聖ではなかった。私は朧げに、エジプトやインドのグロテスクな神々や、またアフリカの或る彫刻の穏やかで謎めいた表現を思い出した。気が付くと私は、強奪の獣達とより温和な獣達との双方のことを考えていた。私が見たものは、虎や鷹や蛇だけではなく、牡牛や鹿、象や温和な類人猿を表していた。しかし私に迫って来た(かんばせ )の中では、これらの登場人物達は互いにまるで別物である様に見えるにも関わらず、余りにも微妙に混淆してしまっているので、それらは全ての生き物達から選ばれた特徴によって出来上がっている混成形体と云うよりも、地球上の生物が各々そこからその固有の本性を借りて来たのであろう、或る祖型的な統一体と言うべき存在を示していた。

 そのことを長く考えれば考える程、その怪現象は私を支配する様になった。それは私に不本意な、魅惑された崇拝を強いた。それを単に美しいと呼んだのでは、これを中傷することになるだろう。それは醜かった、言語道断なまでに醜く、殆ど悪魔的であった。そして私が全面的に認めたところによると、それは非常に悪趣味だった。純然たる動物性と酷く混ぜ合わされたその擬人的な姿によって、それは夜の空の厳粛な非人間性を侵害していた。だがそれ自身の特異な仕方に於て、それは謎めいて身に沁みて美しかった。それは私に、自分は今までの全生涯を通じて、あらゆる種類の美の中でも最も卓越したものに対して、謂わば間違った方向を向いていたのではないかと云う奇妙な感覚を味わわせた。それは丁度、何か新しい様式の音楽や彫刻が忽ち心を蹂躙し再活性化する様に、私を蹂躙した。その意義は私をじらし、そして逃れ去って行った。暗い為に、仏陀の様な静謐と、野獣の冷淡さと、刃の油断なさとを等しく表すかの様に見える輝く眉の下から、神々しい両目が私を見詰めていた、或いは見詰めている様に見えた。


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