ルド*・ウィットロウは赤ん坊の頃から大変なきかん坊(Holly Terror)として、周りの人々から恐れられていた。我が儘で攻撃的な子供はやがて歴史上の偉大な覇者達と自分とを重ね合わせて夢見る利発な少年へと成長し、そしてケンフォード**大学へと進学すると、その優秀な頭脳を駆使して壮大な野心を実現する為に具体的な行動へと取り掛かった。巧みな弁説と持って生まれたカリスマ性によって人々の圧倒的な支持を得、着実にその名声を獲得していったウィットロウは、やがて悪魔的な才知の限りを尽くして旧い老人共が支配する既存の政党を乗っ取り、新しく自分の政党に作り変えてしまう。〈普通の感覚 Common Sense〉を持った〈普通の人々 Common Men〉による〈普通党 Common Party〉は、世界の根本的な改革の必要性を訴え、民衆の支持を得た。やがて時代は戦争へと突入するが、最後に立っていたのは、ウィットロウとその仲間の優秀なる飛行機乗り達だった。ここに、史上初の世界国家機関、〈世界市民サーヴィス World Civil Service〉が誕生した。
だが、世界革命 World Revolution の時期を過ぎて、倒すべき敵がいなくなってしまい、振り上げた拳の落とし所を見失ってしまったウィットロウは、やがて自分自身が作り出した影に怯える様になってゆく。〈世界監督官 World Director〉と云う地位に就き、事実上は〈世界の独裁者 World Dictator〉として絶対的権力を行使する立場にあったウィットロウが、超人、神聖皇帝、反キリストと化し、長年共に闘って来た友人すらも信用出来なくなってしまうこと、それはその儘全体主義的な恐怖政治の始まりを意味していた。歴史に於てウィットロウが果たすべき役割は、もう何処にも残されていなかったのだ………。
Norman&Jeanne MacKenzie, Life of HG Wells: The Time Traveller-The Life of H. G. Wells (Weidenfeld & N,1973/06/14)
ノーマン&ジーン・マッケンジー『時の旅人 H.G.ウェルズの生涯』(村松仙太郎訳、早川書房、1978)
ノーマン&ジーン・マッケンジー『時の旅人 H.G.ウェルズの生涯 上下』(村松仙太郎訳、早川書房、1984)
第24章で数頁に亘って『聖なる恐怖』について解説している。
John Carry, The Intellectuals and the Masses: Pride and Prejudice Among the Literary Intelligentsia, 1880-1939 (St Martins Press, 1993/12)
ジョン・ケアリ『知識人と大衆—文人インテリゲンチャにおける高慢と偏見1880‐1939年』(東郷秀光訳、大月書店、2000/11)
第2部でウェルズの二面性について論じている。