前の頁へ
1 2 34




 二人の友人達は死んだ様に沈黙した儘各々の家に帰った。彼等は三週間程お互いに会わないでいたのだが、双方とも、相手の顔色が悪く、震えている様に思った。彼等は沈痛な顔を互いに背けて、陰鬱に足を運び、ピカデリーを下り、あの恐ろしいクラブのことを思い出してしまうことを恐れていた。唐突に、フィリップスが、まるで撃たれでもしたかの様に立ち止まった。「見てみろよ、オースティン」と彼は呟いた。「あれを見てみろ」。夕刊のポスターが舗道に脇に貼られてあって、その中のひとつに、オースティンは大きな緑の文字で次の様に書かれてあるのを見た。「或る紳士の不可解なる失踪」。オースティンは一部買って震える指で紙面を捲り、次の様な短い記事を見付けた。


サセックスのストーク・ドービニィの子息、セント・ジョン・ドービニィ氏が、不可解な状況の下で行方不明となった。ド−ビニィ氏はスコットランドのストラスドーンに滞在していたが、証言によれば八月十六日、商用でロンドンに来ていた。彼がキングス・クロスまで無事着いたことまでは突き止められているが、その後ピカデリー・サーカスまで馬車で行き、そこでいなくなった。彼が最後に目撃されたのは、リージェント通りからソーホーへと通じる温室通りの角だと思われる。上記の日時より、ロンドンの社交界では大変好かれていたこの不運な紳士についての話は聞かれていない。ドービニィ氏は九月に結婚する予定であった。警察は極度の沈黙を守っている。


 「何てこった! オースティン、こりゃひどい。日付けを憶えているだろう。可哀想に、可哀想に!」

 「フィリップス、僕はもう帰ろうと思う、気分が悪いんだ」

 ドービニィの噂は二度と再び聞かれなかった。しかしこの話の最も奇妙な部分はまだ語られていない。二人の友人達はウィリアムズを訪ね、失踪クラブの会員であることと、ドービニィの運命の共犯者であることについて彼を責め立てた。温和なウィリアムズ氏は最初二人の青醒めた真剣な顔を見詰めていたが、終いには大声で笑い出した。

 「おいおい君達、一体全体何の話をしてるんだ? こんなバカげた話は聞いたことがないよ。君の言う通り、フィリップス、確かに僕は以前君に或る館をクラブだと言って指摘したことはあるよ、ソーホーを歩いている時にね。だけどありゃ低俗な賭博クラブで、独逸人の給仕なんかがよく行く所さ。真相は、アザイロんとこのキァンティが君達には些か強過ぎた、と云うとこじゃないのかね。だけどまぁ、君達に自分の間違いを確信させてあげることにしようかね」

 ウィリアムズは直ぐ様彼の召使いを呼び出したが、その男は、彼と彼の主人とは八月の間中ずっとカイロにいたと誓ってみせた上に、ホテルの請求書までお見せしようかと言ってきた。フィリップスは頭を振り、二人は出て行った。彼等の次の段階は、彼等が避難所を求めたアーチ通りを見付け出すことだった。彼等は大いに難渋した挙げ句にようやっとやってのけた。彼等は陰気な家の扉をノックし、ウィリアムズがした様に口笛を吹いた。彼等を出迎えたのは、白いエプロン姿の立派な機械工で、明らかに口笛のことで驚いていた。実のところ、彼は「飲み過ぎ」の影響を疑っていたのだ。この場所は、(彼等が近所で聞き込んだ通りに)もう何年もビリヤード・テーブルの工場なのだった。部屋は確かに昔は広く堂々としていたのだろうが、殆どは木の区切りで、三つか四つの仕事部屋に区分けされていた。

 フィリップスは溜息を吐いた。彼が失踪した友人の為にしてやれることはもう何もなかった。しかし、彼もオースティンも納得はしていなかった。ウィリアムズ氏に公平を期すならば、次のことは明言しておかねばななるまい。ヘンリー・ハーコート卿は、八月半ばに頃にカイロでウィリアムズを見たと請け合った。確かではないが、多分十六日のことで、街でよく知られた何人かの人々の最近の失踪については、失踪クラブなぞの介入を抜きにして、説明が待たれることであると思うと言った。


前の頁へ
1 2 34


inserted by FC2 system