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 二人は勿体ぶって向きを変え、蓋し数々の事柄について黙想しつつ、サーカスの方へ向かって歩いて行った。小ぢんまりしたレストランでの夕食は、実に快適なものだった。キァンティも結構で、彼等は随分と聞こし召してしまった。「とても軽いワインだよねぇ」とフィリップスが言い、オースティンが同意した。そこで彼等は間にあった一クオートの細口瓶を空にし、グリーン・シャトルーズを一杯ずつ飲んで終わりにした。彼等が巨大な煙草を吸い乍ら静かな通りに出てみると、義務と「法的な用件」との二人の奴隷には、まるで万物が夢の様な歓びに満ちている様に感じられ、通りはランプのぼんやりした光の中で、すっかり幻想と見え、頭上のすっきりした空に輝く唯ひとつの星は、オースティンにはグリーン・シャトルーズと丁度同じ色に見えた。フィリップスもこれに同意した。「ねぇ君、分かるだろ」と彼は言った。「人がまるで奇妙な物事を感じ取る時ってのがあるもんだ———つまりさ、雑誌とかにある様な類いのことだよ、分かるだろ、小説とか。いやァ、オースティン、この野郎、僕は自分で小説が書けそうな気がするよ」

 二人は目的もなく、何処へ向かっているのかも知らずに、感傷的な口ぶりでに会話をし乍ら、通りから通りへと彷徨い回った。大きな雲が、空を暗くし乍ら南からゆっくりと迫って来ていたのだが、そこで突然雨が降り始めた。最初は大層重い滴がゆっくりと、それから情容赦なくどんどん速くなってゆき、甲高いシャワーとなった。側溝は氾濫し、怒り狂った水滴が石から跳ね上がって踊った。二人の先生殿は出来るだけ速く歩いて、口笛を吹いて「馬車!」と叫んだが、無駄だった。彼等はもうすっかりぐしょ濡れだった。

 「一体全体ここは何処なんだ?」とフィリップスが言った。「こん畜生、分かりゃしないよ、オックスフォード通りにいる筈なんだが」

 彼等はもう少し先まで歩いたが、そこで突然喜ばしいことに、暗い通路か中庭に通じている、乾いたアーチ道を見付けた。彼等は黙って避難所を求め、有難い気持ちとずぶ濡れの為に何も口に出さなかった。オースティンは帽子を取った。するとフィリップスは、疲れたテリアの様に弱々しく身を震わせた。

 「これまたとんでもない目に遭ったもんだ」と彼は言った。「馬車が見付けられればいいんだが」

 オースティンは通りを見た。雨はまだ土砂降りに降っていた。彼は通路を見渡してみて、そこで初めて、それが空を背に厳めしく聳え立っている一件の大きな家へ通じていることに気が付いた。それはまるで暗く、陰気で、唯ひとつ覆い戸にある隙間から光が洩れていた。彼はフィリップスにそこを指差してみせた。フィリップスはぼんやりと彼を見詰めていたが、その後でこう叫んだ。

 「やったぞ! 今いる場所が分かったよ。一応まぁ、正確には知らないんだが、この辺には一度ウィリアムズと来たことがあって、この通路にはクラブか何かがあると言ってたっけ。正確な台詞が思い出せない。おおい、何とあそこをウィリアムズが通るじゃないか。一寸、ウィリアムズ、ここが何処だか教えてくれ!」

 一人の紳士が暗闇の中で彼等と擦れ違い、それから足早に通路を歩いて来た。彼は自分の名前を聞き付けて振り向き、些か迷惑そうにそちらを見た。

 「よおフィリップス、何の用だい? 今晩は、オースティン。随分濡れちまってる様だね、二人とも」

 「どうもそうらしいやね、雨に捕まっちまってね。君、以前この辺にクラブか何かがあるとか言ってなかったかい? 若し君が会員だったら、僕等を中へ入れてくれると有難いんだが」

 ウィリアムズ氏は少しの間、二人の惨めな若者を断固とした眼差しで見て躊躇っていたが、やがてこう言った。

 「いいだろう、諸君、僕と一緒に来たっていいよ。だけどひとつ条件を課さなきゃならない。君等は二人とも、クラブのことや、或いは君等がそこにいる間に見たことを、誰であれ人に喋ったりしないと云うことを、名誉にかけて誓ってくれなくてはならない」

 「無論、そんなことはしないよ」とオースティンが言った。「そんなこと、夢にも思っちゃいないさ。だろう、フィリップス?」

 「そうとも、そうとも。行こうじゃないか、ウィリアムズ、もうすっかり暗くなっちゃったよ」


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