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 既に遠くなった過去の進取活動はあらゆる土地に文明を齎していた。サハラ砂漠は日光を誇る休日の行楽地でいっぱいの湖水地帯だった。カナダの極地諸島は、熱帯の潮流の誘導によって巧妙に温暖化され、精力的な北方人達の故郷となった。同様の方法によって解凍された南極沿岸には、内陸地方の鉱物資源開発に従事する者達が永住した。

 この文明を存続させる為に必要とされた動力の多くは、地下に眠る先史時代の植物の残存物から、石炭と云う形で抽き出された。〈世界国家〉が創立された後は、南極の燃料は非常に慎重に節約されたにも関わらず、新規の石油の供給は三世紀以内に尽き、人類は彼等の航空機を、石炭から発生させた電気によって動かすことを余儀なくされた。しかし乍ら直ぐに明らかになったことだが、予想以上に豊富だった南極の炭田と云えども、永久に持ち堪えると云う訳にはいかなかった。石油の途絶は大いに必要とされる教訓を人類に教えていた。動力問題の現実性を彼等に実感させたのである。これと同時に世界市民精神は、全人族を同胞と見做すことを学んでいたのであるが、これもまた時間的にもっと広い視野を持ち、ものごとを遠い世代の目で見る様になっていった。〈世界国家〉の最初の、そして最も正気であった千年の間、動力を無駄使いすることによって未来の責を招かないようにとの決定が広く行き渡った。斯くして、真剣な倹約(最初の大規模な世界市民的活動)のみならず、もっと恒久的な動力源を活用する為の努力が行われた。風は広範に利用された。あらゆるビルディングで一大風車群が電気を発生させ、あらゆる山岳地帯が同様に飾り立てられ、その一方であらゆる大量の水流落下がタービンへと突き進んだ。更に重要なのは、火山や、地熱への穿孔から抽き出された動力の活用だった。これで、これを最後に動力問題がすっかり解決することが期待された。しかし〈世界国家〉の初期の、そしてより知的な期間に於てでさえ、創意工夫の才は曾ての様ではなく、本当に満足のゆく手法は発見されなかった。その結果この文明のどの段階に於いても、火山源は、南極の驚く程豊富な石炭層を補助する以上の役割を果たすことはなかった。この領域に於いては、石炭は他のどの場所よりも遙かな深みに保存されていたが、それは何等かの事故によって、ここでは地球の中心の熱が、もっと深い鉱床をグラファイトに変えてしまう程(他の場所の様には)熾烈ではないことによるものだった。別の可能な動力源は海潮の中に存在すると知られていた。しかしこれの利用はS.O.S.*によって禁じられていた。それは、潮の動きはその起原がどう見ても天文学的なものであった為、神聖なるものと見做される様になっていたからである。

 恐らく、その初期のより活気のある位相に於ける〈第一世界国家〉の最大の物理的業績は、予防医学にあっただろう。生物学的科学は、基礎科学の観点に於てはずっと昔にステレオタイプなものになっていたにも関わらず、多くの実践的利益を生み出し続けた。最早男性も女性も、自分自身や親しい者達の為に、癌、結核、狭心症、リウマチ性疾患、神経組織のひどい障害の様な病を恐れる必要はなくなった。最早突発的な細菌性の惨禍は存在しなかった。最早出産は難儀な試練ではなくなり、女性であることそれ自体が苦難の源であることはなくなった。慢性的な病人はもういなくなり、一生不具である者もいなくなった。老齢のみが残ったが、しかしこれさえも生理学的な若返りによって繰り返し緩和することが出来た。以前は決定的な恐怖や曖昧で殆ど意識されない絶望で以て人族を片輪にし、斯くも多くの個人に取り憑いたこれらの弱さや悲惨さの、その古くからの源泉を全て取り除いたことによって、やがて快活さが行き渡り、以前の人々には不可能だった楽観主義が齎された。



*科学者神聖理府(the Sacred Order of Scientists)のこと。




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