エイブラム・メリット
(Abraham Merritt,1884-1943)


生涯

 アメリカの作家、新聞記者、編集者。1884年、ニュージャージィのクエイカー教徒の両親の許に生まれる。1894年にフィラデルフィアに引っ越し、其処で少年時代を送る。始めは法律を学んでいたのだが、やがてジャーナリズムに転身、『フィラデルフィア・インクワイアー』の記者として働き始める。小説家としてのデビューは1917年で、'The People of the Pit' が『ウィアード・テールズに掲載された。それから1934年までに併せて8篇の長編と、もっと短い物語を一冊分書いた。植物学についての著作も数多く、S.ウィアー・ミッチェルと共に、サイケデリック麻薬の発見者のひとりとしても知られている。本を書いている間もずっと『ザ・アメリカン・ウィークリィ』を本業としていたのであるが、その後も変わらず新聞人として活躍し、1943年、フロリダの自宅で心臓麻痺を起こして急死した。



解説

 メリットの作品はその殆どが既に邦訳されているが、現在では絶版になっているものばかりなので、特に若いファンの中にはその名を知る者は少ないかも知れない。忘れられた作家を「発掘」するのが得意なサム・モスコウィッツは彼のことをこう評している。「この分野の年代記に於ける特異な文学的現象であり、稀なる人間性を吹き込まれた彼の卓越した想像力は何世代もの読者を夢中にさせ、その支持は一向に衰える兆しを見せない」。だが、秘境幻想小説或いはSF幻想小説の分野に於けるその稀有なる業績は、単なる歴史上の事実としてさえ今日些か不当に閑却され過ぎている嫌いがある。

 ここでは、メリットの特異たる所以を2点紹介しておこう。

 ひとつは、物語に必要な種々の要素の組み合わせ方である。秘境冒険ものには幾つかの定まったパターンがある。失われた筈の古代文明或いは全く未知の種族、古生物群や奇怪な動物達、肉体的に優れた主人公、強大なる力を持った悪女や登場人物を誘う絶世の美女、神秘の事象の科学的(少なくともそう云う体裁を採った)説明、等々である。こうした道具立てを、19世紀末から20世紀初頭にかけてヴェルヌ、ドイル、ハガード、バローズ、ハワードやその他の作家達が盛んに用いたのであるが、その中でも人々の記憶に長く残ると言われている作品は、それぞれその組み合わせ方に独自性があり、どれが誰の作品か間違えることはない。飽くなき冒険心による挑戦、野蛮な世界が(何故か)強いてくる高潔さ、科学的視野が齎す光景の驚異、読者を捕えて放さない魅力は様々である。メリットの場合、それら諸要素の混淆が一種異様な生命的律動感を生み出しており、他のどの作家達の作品にも増して有機的な印象を作品全体に対して与えている。彼の作品に登場するものは全て、無機物でさえ、意識の、生命力の、無言の眼差しの気配を漂わせており、物語の中で「何をするか」よりも寧ろ、そうしたものが物語の中に「存在する」ことそのものが重要なのである。この領野に於て、メリットの作品は最も厚い不可知のヴェールを被っており、こちらの好奇と驚嘆の眼差しを峻拒しつつ遙かな高みを維持している。

 もうひとつ重要なのは、メリットの描くヴィジョンの異様さである。彼の作品では時に音と光、或いは色がこれでもかとばかりに溢れ出し、その恍惚とした狂乱の光景が話の進行を一時止めてしまうまで克明に描写されることがある。特にそれが顕著なのは、グッドウィン博士が語り手となる*『月の池』と『金属怪獣』の二作に於てであるが、「輝けるもの」が登場するシーンや、金属の生物達が住まう秘密の場所へと猛スピードで飛んで行くシーンの描写は、まるで麻薬によるトランス状態か、或いはシャーマニックな幻視による異常な光景を思わせる。その圧倒的な現実感は、常人には、逆説的乍ら恐らく夢の中でしか経験出来ぬ類いのものであり、これ程絢爛豪華なヴィジョンを描き得た作家は、ラヴクラフトやホジスンを除けば他にいないだろう。**それらの驚異に対する「説明」もまた壮大なもので、地球に於ける生命進化の大行進を背景とした気の遠くなるドラマは、正に「コズミック」と呼ぶに相応しいスケールを持っている。


*グッドウィン博士は植物学者であるが、メリット自身も植物学に情熱を注いだ人物で、サイケデリック麻薬の発見者のひとりとしても知られている。メリットがどれだけこの植物学者に自身を投影していたかは定かではないが、長編処女作の語り手としてこの人物を選んだことからしても、メリットがこの二(正確には三)作品に並々ならぬ力を注いでいたことは見て取れるだろう。

**この問題に関しては、直接的には以下の著作が大変参考になる。鎌田氏が上述の二作品を読んだことがあれば、きっと取り上げていたに違いない。
 鎌田東二『神界のフィールドワーク』(ちくま学芸文庫、1999)




以下の文献、レビューも参照

 Sam Moskowitz, A. Merritt: Reflections in the Modern Pool(Oswald Train, 1986)



作品一覧 こちら から



作品サンプル一覧へ戻る

inserted by FC2 system