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 「他の連中を随分引き離してしまったみたいですね、カスタンスさん」と門と唐松の森を振り返り乍ら大尉は言った。

 「どうもその様ですわね、ナイト大尉。余りお気になさってないといいんですけど」

 「気にする? とんでもないですよ、えぇ。それよりこのジメジメした空気が障ってやしないでしょうね、カスタンスさん?」

 「あら、ジメジメしてるとお思い? 私は好きですわ。私こう云う静かな秋の日って、物心付いてからずっと楽しみにしておりますのよ。父が何処か他の所へ行くなんて行っても私、聞きませんわ」

 「素敵な所だ、この大農場は。ここに来たくなるのも不思議はありませんよ」

 ナイト大尉はもう一度ちらりと振り返ると、急に含み笑いをした。

 「こりゃ、カスタンスさん」と彼は言った。「連中、すっかり道に迷ってしまったんですよ。気配すら見えませんもの。私達、左側のひとつ別の径を通り過ぎやしませんでしたか?」

 「ええ、貴方確か曲がりたがっていたでしょう、憶えてらっしゃる?」

 「ええ、無論。その方がありそうな感じがしたんですよ、そうでしょう。連中はきっとそこを行ってしまったんですよ。この先は何処へ通じてるんでしょう?」

 「何処へ通じてる訳でもありませんわ。先細りになってこの辺りを沢山曲がりくねって。地面が可也〔かなり〕ぬかるんでしまってるんじゃないかしら?」

 「おやそうですかね?」大尉は大きな声で笑った。「フェリスなら酷く気分が悪くなってしまうでしょうね。あいつは少しでも泥があるとピカデリーでも通りたくない奴だから」

 「お気の毒なフェリスさん!」そうして二人がでこぼこの径を拾い乍ら歩き続けると、ぽつんと森の中の窪地に沈む小さな古いコテージが目に入って来た。

 「あら、是非ともお寄りになって。ワイズの奥様にお会いにならなくっちゃ」とミス・カスタンスは言った。「あの方とってもいいお婆様でね、貴方なんてきっと恋に落ちてしまってよ。私達がこんな近くを立ち寄りもせずに通り過ぎてしまったって後で聞いたら、彼女きっと私を許してはくれませんわ。五分だけでいいですから」

 「宜しいですとも、カスタンスさん。扉の所にいるあのお年を召した御婦人がそうですか?」

 「そうよ。あの方は私達子供連中には何時もよくして下すって。彼女きっと私達が会いに来たのを、この先何箇月も話の種にしましてよ。構いませんでしょう?」

 「きっと虜になるでしょうよ」そして彼はもう一度、フェリスとその一行が現れはしないかと振り返って見た。

 「お座りなさい、エセルさん、さぁどうぞお座りになって」彼等が入って行くと、その老婦人が言った。「さぁどうぞ殿方もこちらにお座りになって下さいませんこと?」

 彼女が椅子の埃を払い、それからミス・カスタンスがリューマチと気管支炎の調子を尋ね、大農場から何か送ると約束をした。老婦人は田舎風の礼儀を良く心得ていて、弁も立ち、折りを見ては慇懃に、ナイト大尉を会話に加わらせようとした。だがその間ずっと、彼女は彼のことを静かに見詰めていた。

 「そうですのよ、私も時には寂しくって」訪問者達が立ち上がると彼女は言った。「ネイサンのことが痛ましい位に懐かしいわ。私の夫のことなんてほんとに、ほんとに憶えてらっしゃらないでしょう、エセルさん? だけど私には聖書がありますし、お友達もおりますもの」



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