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 続けて道を行くと、木々の狭間から細く青い煙が立ち昇り、彼女は子供じみた「ジプシー」の恐怖を思い出した。彼女はもう少し先まで歩いて、芝地の滑らかな区域の上に身を横たえて休み、キャンプから聞こえて来る聞き慣れない抑揚に耳を傾けた。「あの恐ろしい人達」と彼女は黄色い人達が呼ばれるのを聞いたことがあったが、しかし今歌う声の中には喜悦があったし、それらが間違え様も無く、音符の上下や荒々しい咽び泣き、そして未知の話し言葉の厳粛さを持った、殆ど詠唱になっているのが聞こえた。それは井戸の滴る音と鳥達の鋭い鳴き声と、森の生き物達のカサカサと急ぐ音と調和して、未知の森の国には似つかわしい音楽に思えた。

 彼女はまた立ち上がって、枝の合間に赤い火が見える所まで進んだ。すると声は呪文にまで高まった。彼女は勇気を振り絞って、その見知らぬ森の民に話し掛けたいと思い焦がれたがしかし、キャンプの中に飛び込んで行くのは恐かった。だから彼女は木の下に座り、彼等の内の誰かが偶々こちらの方へ来やしないかと期待し乍ら、待った。

 そこには六、七人の男と、同じ位の女、それから一群の幻想的な子供達がいて、火の周りでゆったりと座り込み、蹲り乍ら、歌う様な話し方で互いに喧しく喋り合っていた。彼等は奇妙な容貌をした人々で、背は低くずんぐりしていて、頬骨が高く、黒ずんだ黄色い皮膚と、長いアーモンド状の目をしていた。若い男達の一人か二人だけに、何か野性的な、殆ど牧羊神 (ファウヌス )めいた品格があったが、それはまるで、赤い火と緑の葉の間を絶えず動いている生き物の様だった。誰もが彼等のことをジプシーと呼んでいたが、実際には彼等はトゥラン人の金属細工師達で、流謫の鋳掛屋へと零落れて来たのだった。彼等の祖先は青銅の戦斧を作り出したのだったが、彼等はポットや薬缶を修繕した。メアリは木の下で、何も恐れることは無いと確信し乍ら待った。そして彼等の内の一人が若し現れても、逃げ出さないと心に決めた。

 太陽が雲の塊の中に沈み、大気がムッと重くなると、霧が、山火事の煙の様な青い霧が、木々の周りに立ち籠めた。葉々の間から奇妙な微笑んだ顔が覗いて、娘は、若い男がこちらへ近付いて来ると、心臓が跳ね上がるのを覚えた。

 トゥラン人達はその夜キャンプを移動させた。影の落ちる広大な西には火の様な赤い輝きがあり、それから燃え上がる金属の丸皿が、野の丘から漂い上がった。気味悪く屈んだ人影達の行列が、長いひとつの縦列を組んで一人、また一人とよろめき乍ら、深紅の円盤を横切り、各人はその大きくて不恰好な荷物の下で腰を曲げ、子供達は最後に、小鬼達の様に、幻想的にのろのろと進んで行った。

 少女は、小さな緑の石を愛撫し乍ら、自分の白い部屋の中で寝そべっていた。それは彼女の知らない道具でカットされた奇妙な代物で、年を経た所為で酷いものだった。彼女はそれを輝く象牙色の近くまで持ち上げ、黄金色がその上に注がれた。

 彼女は歓びの余り笑い出し、それからそっと呟き、囁いて、その歓びに面喰らいつつ自問した。彼女は恐くて母親には何も言わなかった。


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