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 見知らぬ言葉を呟く彼の声は説得力に満ち溢れていたので、彼女は完全な知識に歓喜した。彼女は、彼女にとっては最早実在してはいないこれらのものの感覚を体験出来るようにと、銀に輝く不確かな夜へと目を向けた。彼女は最早園の、湖の、森の、彼女がこれまで送って来た生の一部ではなかった。彼が引用したことのある別の台詞が思い出されて来た。



 〈我〉の王国に〈我等〉放棄し汝の家死滅の
  裡に成す。



 それは最初殆ど無意味に思えた———若し、彼に無意味なことを語ることが出来るのであればの話であるが。しかし今や彼女はその意味に満たされ、身震いがした。彼女自身が死滅させられたのだ。彼の意の儘に、彼女は旧い感情や情念、好きや嫌いの一切合財、父と母から受け継いだあらゆる愛と憎しみを滅ぼしてしまった。旧い生はすっかり投げ棄てられてしまったのだ。

 明るくなり、夜明けが燃え上がる頃、彼女はこう呟き乍ら眠りに落ちて行った。



 汝我迷へりと如何に言へるや?












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