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 それから彼は通りの穏やかな透明さから向き直り、ランプと熱心に書き留めておいた紙の前に腰を下ろした。彼の友人の一人、ジェインズと云う名の「どうにも我慢のならぬ」男が昨夜彼に会いに来たのだが、彼等は小説家の心理について話し合い、彼等の洞察や、彼等の探りの深さについて論じ合った。

 「ここまでは全て大変宜しい」とジェインズは言った。「そう、完璧に的確なんだよ。守衛はコーラスガールが好きなものだし、医者の娘は副牧師がお気に入り、洗礼派の雑貨屋の店員は時々宗教的な問題を抱え込むものだし、『抜け目のない』連中は間違いなく、社会的な出来事や厄介な問題についてうんと頭を使うものなんだ。悲劇的な喜劇役者達ってものは、こうした事柄をすっかり感じ取ったり書いたりしたもんだ、と僕は言いたいね。だが、それで全てなんだと思うかい? 君は、モロッコの金メッキされた工具についての記述を、シェイクスピアについての網羅的な小論だと呼んだりするかい?」

 「しかしそれ以上何があるんだい?」とデイルが言った。「じゃあ君は、人間の本性が適正に開示されて来たとは思わないのかい? それ以上に何がある?」

 「売春宿の半狂乱の歌、癲狂院の錯乱。極端な極悪ではなくて、残忍非道で、理解不能な、狂気じみた情熱や観念、我々にはぼんやりと想像することすら出来ない様な、何処か他の天体から来たのに違いない欲望。自分自身を見てみろよ、実に簡単なことだ」

 デイルは今、紙の成れの果てと残骸の山を見た。それらに彼は注意深く、日中の秘めたる考えや、狂った欲情、無情な瞋恚、彼の心が生み出した汚らわしい怪物、彼が抱いた偏執的な空想の数々を全て記録しておいたのだ。どの覚え書きを見てみても、そこにあるのは凶猛な狂気、二辺の三角形とか交叉する平行直線と云った、数学的に馬鹿げた観念にも等しいものばかりだった。

 「なのに我々は馬鹿げた夢について語る」と彼は独りごちた。「しかもそれらは最も野放図な幻想 (ヴィジョン )よりも更に野放図だ。それに我々の罪。だがそれらは悪夢の罪なのだ。

 「そして毎日」と彼は続けた。「我々はふたつの生を生きてゆく。我々の魂の半分は狂気で、半分の天は黒い太陽が照らしている。私は一人の男だ。だが私の中に隠れている他の者は一体誰だと云うんだろう?」


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