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 半ば意識されぬ衝動に駆られて、彼女は影がその石を祀っている森へよく訪れた。ひとつ気付いたことがあった。夏の間中、そこを通り掛かった人々が、そこに花々を落として行くと云うことだ。萎れた花々は何時も地面の上、草の間に置かれ、石の上には絶えず新鮮な花々が現れていた。喇叭水仙からミカエル祭の雛菊まで、コテージ・ガーデンの暦が記され、冬には社松 (ネズ )社松や柘、宿木や柊の小枝を見たことがあった。一度、まるで森の中で火事が起こっている様な赤い輝きに惹かれて、薮の中を通って行ったことがあったが、彼女がその場所に着いてみると、その石全体が輝いており、その周りの地面も鮮やかに薔薇に埋め尽くされていたことがあった。

 十八の時、或る日彼女は、手に読み掛けの本を持って森の中へ行った。彼女は(ハシバミ )の陰に隠れて、その魂は詩情に満たされていたのだが、そこへカサカサ云う音、押し分けられた枝々が元の場所に戻ってぶつかる音がした。彼女が隠れていたのは石からやや離れた所だったが、枝々の網の目から覗いてみると、ひとりの少女がおずおずと近付いて来るのが見えた。その()のことはよく知っていた。それはアニー・ドルベン、労働者の娘で、最近は日曜学校の前途有望な生徒だった。アニーは行儀の良い娘で、会釈を欠かしたことがなく、ユダヤの列王についての知識が素晴らしかった。彼女の顔には、奇妙なことどもを囁く様な、仄めかす様な表情が浮かんでいた。肉のヴェールの背後に光と輝きがあった。そして手の中に、彼女は百合を持っていた。

 令嬢は榛の陰に隠れて、アニーが灰色の像に近付いて行くのを見守った。一瞬、全身が期待にドキドキと戦慄き、これから始まることの意味が彼女にも(ほぼ )分かって来た。彼女はアニーが石に花を戴冠するのを見守り、それに続いた驚くべき華典を見守った。

 恥ずかしさにすっかり赤くなってしまったものの、数カ月後には彼女自身花を持って森へ行ったのだった。彼女はその石に温室育ちの白い百合と、消えかけの紫の蘭と真紅の異国の花とを載せた。敬虔な熱情を以て灰色の像に口付けると、彼女はそこで遠い太古からの古々しい儀式をすっかり執り行った。


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