『最後の、そして最初の人類』
(Last and First Men,1930)


*この頁とふたつの試訳は浜口稔氏による最近の労作によって蛇足と化してしまった様ですが、勿体ないのでこの儘掲載しておきます。

解説

 ステープルドンのSFに於ける処女作にして、20世紀の想像力の極限を示す歴史的金字塔。過去の人類に「精神投影」する技術を持っている、遥か未来に住む最後の人類のひとりの視点から、壮大な人類20億年の歴史が描かれる。物語は、現代(ステープルドンのいた時代、つまり1930年代)から何度も戦火を経ることになる近未来の描写*に始まり、幾つかの勢力の拡大と衰退、全地球のアメリカ化を経て、第一人類の没落、第二人類と火星人(これは火星に移住した地球人類とは別物である)との戦い、第三、第四の人類の勃興、失われてゆく歴史と遺産、廃棄される地球と他の惑星への移住、金星の飛行人類、そして海王星、太陽系の崩壊へと、感傷に耽る暇もなく、人類の変転の記述が積み重ねられてゆく。

 人類の未来史を描いたフィクション作品はこれ迄にそれこそ無数に存在するが、この一作程大規模で且つ詳細なものは他に見当たらない。**知名度は低いが、一度でも読んだことのある者は口を極めて絶賛している。数ある称賛の声の中から幾つかを紹介しよう。


 「ステープルドンの文学的想像力は、殆ど無限大である」                                   
———ホルヘ・ルイス・ボルヘス

 「14才の少年の頃に読んだ時、この本は文字通り私の人生を変えてしまった。これまで何度も認めてきた様に、後の私の作品の多くは、ステープルドンのヴィジョン達によって形作られた」                                     
———アーサー・C ・クラーク

 「『最後の、そして最初の人間』は、サイエンス・フィクションの頂点だ。恰もオリュンポスの丘から、ステープルドンは大気の頭上に立ち、20億の年月と18の人類種の過去と未来の眺望を見下ろしている。うきうきすると同時に恐ろしくもあるのだが、この本は後の世代の思想家達によって掘り下げられた様々な概念でいっぱいだ。ふたつ程挙げてみるならテラフォーミングや遺伝工学だ。人類の壮大なる栄枯盛衰や、我々自身の未来の純然たる異質性についてのステープルドンの理解は、クラーク、ベア、ベンフォード、イーガン、そして他の大勢の先駆けを為すものだ。ステープルドンはフューチャー・メイカーだった」                                   
———スティーブン・バクスター

 「オラフ・ステープルドンは、我々の時代に於ける最も想像的な思想家のひとりだ。哲学とサイエンス ・フィクションに対する彼の影響は測り難い。若し君が究極に、思考と想像力のエヴェレストに魅力を感じているならば、『最後の、そして最初の人間』こそが正に君の追い求めるべき難関だ!」                                          
———グレッグ・ベア


 これ程の傑作であるにも関わらず、長らく邦訳としては僅かに、『世界SF全集31 世界のSF(古典篇)』(早川書房、1971)に於いて、金星人類の勃興と破滅を描いた一章と、そして(未確認だが)『S-Fマガジン1964/4 No.15』に於いて火星-地球戦争を扱った部分が訳出されたことがあるのみで、完全な形で我が国に紹介されたことはなかった。『スターメイカー』を訳した浜口稔氏が2004年に訳出したことによって(『 最後にして最初の人類 』、国書刊行会、2004)、初めてその全貌が明らかとなった。



*1930年代以降の実際の世界の歴史は、彼の記述とは大きく異なっている。が、予言として当たっていないからと云って、この箇所の記述に価値がないと考えるのは間違っている。ゴランツ版(1999)の序言に於てグレゴリィ・ベンフォードは、最初の四章は跳ばして読むように勧めているが、これは実に短絡的な読み方だ。ヴェルヌやウェルズの様なタイプのSF作家とステープルドンが、その歴史的評価に於て大きく異なっているのはここである。彼は技術的な予想も近未来社会の構想も確かに描きはするが、その目的とするところは他でもない、現代(彼のいた時代にとっての)の人類の、社会の姿を適切に捉えることである。彼の時代に於ける人類の精神性を描いたものとしては、ステープルドンの描写は鋭く情感に溢れた分析に満ちている。

**サム・モスコウィッツは以下の諸作品からの影響を指摘している。
 E.A.Poe,"Eureka"(1848)
  E.A.ポオ「ユリイカ」(『ポオ 詩と詩論』福永武彦他訳、創元推理文庫、1979所収)
 W.H.Hodgson,The House on the Borderland(1908)
  W.H.ホジスン『異次元を覗く家』(団精ニ(=荒俣宏)訳、早川文庫、1972)
 S.Fowler Wright,The Amphibians(1924)→The World Below(1929)
  S.ファウラー・ライト『世界SF全集5 時を克えて』(川村哲郎訳、早川書房、1969)
 J.B.S.Haldane,"Last Judgement: A Scientist’s Vision of the Future of Man," included in Possible Worlds and Other Essays (1927)

遠未来の世界を描いたものとして、更に以下の諸作品等も参照されたい。
 H.G.Wells,Thime Machine(1895)
  邦訳各種有
 スティーブン・バクスター『タイム・シップ 上下巻』(中原尚哉訳、ハヤカワ文庫、1998)
 ブライアン・ステイブルフォード&デビッド・ラングフォード『2000年から3000年まで-31世紀からふり返る未来の歴史』(中山茂他訳、パーソナルメディア、1987)
 ドゥーガル・ディクソン『マンアフターマン』(城田安幸訳、太田出版、1993)




以下の文献、レビューも参照

 Last and First Men (Gollanz,1999)
 『最後にして最初の人類』 (浜口稔訳、国書刊行会、2004)
 



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