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 賊は広大な薄暗い部屋の中を静かに動いた。もう遅い時間ではあったが、彼は博物館の警備員がひとりもいないことを確信していた———彼が酔っ払わせた今は意識のない監視員を除いては———彼は抜かりなくポケット型のフラッシュ・ライトを遮蔽した。彼がそれを巡らせると、沢山の彫刻された人物達がねじれた幻想的な影を壁の上に投げかけた。地の果てからやって来た偶像達がその展覧会に集められていた。乱暴に船積みされた丸太でしかないアフリカからの無骨な似姿 エイコン 達に、精密な飾り付けがされたインドからの怪物達。古代メキシコのずんぐりしたグロテスクな陶器の像達は、中国からの琥珀と翡翠で出来た繊細な半透明の小像達と仲睦まじく座っている。しかしそれらの中を最後の獲物を求めて、彼は忍びやかに彷徨った———両目にふたつの巨大な金剛石 ダイヤモンド を嵌め込んだ黒檀の神だ。彼はそれらの精確な模造複製を持っていた。それらを置き換えて、それらが発見されてしまう前に逃げおおせるのは容易いことだろう。不快なる力の絶頂期にあった熱心な信奉者達の許から密かにこれを持ち出した、これを寄贈した者の奇妙な死や、その斯くも面妖な死を遂げた夜に庭に残されていた深い足跡についての考えが、顔から顔へと系統的に探して回る賊の心の中を過った。満月がこれに対してどう云う働きをするとされているのだったか? 嗚呼そうだ………生命を吹き込むのだ。あの原住民共が信じていたことときたら何と奇妙しいのだろうか。

 やがて募りゆく不安に彼は足を止め、彼の訪れは予期されていたもので、宝石は安全な場所へと移されてしまったのではないかと疑った。彼の考えたことはありそうもないことだった。何しろ目新しく、高い興味を惹くものなので、展示は少なくとも当面は公衆が近付けるものでなくてはならない筈だ。彼のライトが重い木製の土台の上に瞬き、其処にある埃の円が、それが最近になって空になったことを示していた。戸口へと続いている引き摺った様な瑕が微かに、其処を占めていたものが何処へ消えたかを示していた。若し其処を占めていたものが彼の求めている神であったならば、それらの瑕は彼をその隠し場所へと導いてくれることだろう。躊躇いつつも彼はその跡を辿った。学芸員があの彫像を動かしたとはどうも奇妙しい。恐らく警官が拱路の向こう側で彼のことを待ち構えているのではないかと彼は神経質に考えた。隣接する部屋に足を踏み入れた時、彼は摩天楼の上の満月に気が付いた………。


           
『デイリー・エクスプレス』よりの抜粋

 「………明らかに宝石の目を略奪に来たと思われるその男は、今朝アメリカン・インディアンのホールで、頭に偶像を載せた状態で死体となって発見された。
 「警察は、彼がどうやってそれを動かしたのか今だに測りかねている。と云うのも、それは六百ポンドの重さがあるからである………」


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