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 「あいつのことをどうしたもんやら、俺にはさっぱり分からん」と父親が言った。「あいつまるっきり莫迦なんじゃないか」

 「可哀想な子!」彼の母親が言った。「具合が良くないんじゃないか知ら。健康そうに見えないもの」

 「だけどあいつ何が悪いって云うんだ? あいつぁしっかり食っとるじゃないか。今日の晩飯じゃ肉をふた切れ、プディングをふたつも食べて、その十五分後には何か甘いものをむしゃむしゃやっとったじゃないか。なぁとにかくだ、食欲に問題はないんだ」

 「だけどとっても顔色が悪いもの。不安になるわ」

 「俺だって不安だよ。この手紙を見てみろ、校長のウェルズからだ。こう言ってある。『彼に試合をさせるのは殆ど不可能と思われます。私が聞き及んだところによると、彼はクリケットをさぼった為に二三度笞打ちを受けたそうです。それに彼の年級担任は、学期中の彼の成績には非常に悪い評価をつけて寄越しました。ですから学校の方では大して彼の助けにはなれないと存じます』。いいかメアリー、こりゃもうちっちゃい男の子の話じゃないんだ。前の四月で十五だぞ。少々深刻になってきたってもんじゃないか」

 「あたし達どうしたらいいのか知ら?」

 「俺が知りたいよ。あいつを見てみろ。一週間ばかし家にいた時も、お前はあいつの機嫌が良くって、郷士のぼうず共と楽しんで、あちこちで歌ったり浮かれ騒いだりするもんと思っとったろう。お前もあいつがどうだったが知っとるだろう、帰って来てから殆どずっとだぞ、家から庭へうろついたり這い回ったり、その繰り返し。半日もベッドの中に入ってるかと思うと、半分寝た儘で下へ降りて来る。こんなことは何としてでも止めさせにゃならん。お前があいつを正しい時間に起こしてくれるもんと俺は信じてるからな」

 「いいわ、あなた。あの子とっても疲れてる様に見えたものだから」

 「だがあいつは疲れる様なことは何もしとらんじゃないか! 野郎が本の虫だからって俺ぁそんなに気にしゃしないが、ウェルズが成績表で言ってることを見たろう。どうしてだか、俺ぁあいつにお話本を読まさせることも出来ん。言っとくがな、あいつの顔は充分人を怒らせる様な顔をしとるぞ。見たとこあいつは何に対してもまるっきり関心を持っちゃいないんだ」

 「あの子不幸せなんじゃないか知ら、ロバート」

 「不幸せ! 学童っぽが不幸せだと! いいだろう、お前に何が出来るもんか確かめてみるといいさ。俺が自分であいつに話してもまるで無駄だろうからな」

 興味深いことであったが、彼の息子が不幸せであると云う考えを笑った点については、父親は正しかった。ハリーは、彼なりのもの静かな仕方で、機嫌が良かったのだ。彼がクリケットを嫌っていたと云うのは全くの事実で、それに校長も付け加えていたことだろうが、彼は他の少年達のことも嫌っていた。彼は事実であろうが作り話であろうが、印刷されたものについてはどんなものにでも関心を払わず、『宝島』なんかはキケロの様につまらないものだと思った。しかしこうしたこれまでの間中、彼は或る思い付きに没頭していたのだった。それは寄宿舎での早朝、学校の時間でも遊び時間でも彼と一緒にあって、夜、他の少年達が寝静まってしまったずっと後になってから、彼はそれを凝っと思い巡らせるのだった。その思い付きが訪れるまで、彼は自分の存在が実に不幸せなものであると感じていた。彼はふくれた不健全な顔をしており、髪は砂っぽく、大きな広い口は数多くのからかいの元になった。彼には人気がなかったが、それは彼が試合を好きではない為と、それに水に投げ込まれでもしない限り風呂に入ろうとしないからであって、授業では何時だって難儀し、理解することが出来なかった。彼は或る夜、予習をしている最中にわっと叫び出し、無論のこと何事なのかは喋ろうとしなかった。真相は、彼はユークリッドと云う莫迦げた名前で知られる、三角形についての何だか退屈で無意味なことから、意味を抽き出そうとしていたのであって、彼は心でその気違いじみた代物を学ぶのは不可能であると悟ったのだった。その不可能性と、彼の心にかかった望み無き雲と、朝になれば喰らうことになる笞打ちとが、彼を挫かせた。「泣き虫馬鹿」と皆は言った。


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