アルジャーノン・ブラックウッド
(Algernon Blackwood,1869-1951)


生涯

 1869年会計次官のアーサー・ブラックウッド卿と第五代マンチェスター公爵未亡人の間の次男として生まれる。少年時大はモラヴィアの寄宿学校で過ごし、一度はエディンバラ大学医学部へ入るも中退してカナダへ渡る。東洋の思想や神秘主義への関心は早くから高く、22才の時神智学教会トロント支部の一員となる。1899年までに金鉱掘りや酒場や宿屋の経営等、10幾つもの職を転々とし、『ニューヨーク・サン』や『ニューヨーク・ガゼット』の記者を勤めた後、イギリスに帰国、その後文筆に手を染める。1900年には〈黄金の夜明け〉教団に入団し、「Umbram Fugat Veritas」*と云う魔法名を名乗る。1903年に教団が分裂した後はアーサー・ウェイトの〈聖黄金の夜明け〉教団**の側に着いた。1906年、処女短編集の『空家』が当たりを取り、以後人気作家としての地歩を固める。第一次大戦中はスイスで秘密諜報活動に従事。第二次大戦以降は専ら旧著の再刊のみで新作は余り書かなくなったが、1951年に亡くなるまでに怪奇小説を32冊(裡長編は10冊)、児童小説を7冊、戯曲と自伝を各1冊を出版した。晩年にはラジオで自著の朗読を行ったり創成期のテレビの番組に出演する等して「ゴースト・マン」として人気を博し、1948年にはテレビ協会賞を受賞、1949年にはCBE(大英帝国三等勲爵士)の称号を賜った。旅行家としても有名。


*「影を駆逐する真理」「影は真理の為に逃れる」位の意か? 祈祷文の一節から採ったものであろう。

**この教団には他にアーサー・マッケンも参加していた。




解説

 ブラックウッドは屡々「四大(The Elemental)」の作家と称されることがある。彼が影響を受けた思想としては、若い頃に読んだインドの神秘主義や〈黄金の夜明け〉の心霊主義、或いはブラッドリーやエマソンの超絶主義(transcendentalism)、フェヒナーの汎心論やジェイムズの多元的宇宙観等*が挙げられるが、彼の作品の根本的土壌を成しているのは、彼自身があちこちに旅をして得た個人的経験である。其処で彼が取り上げたモチーフは終生一貫している。大自然、即ち原初の世界の荒々しい生命力を孕んだ驚異と恐怖との地平と人間との関わりである。彼が描き出す怪異なる現象の背後には全て、それ自身の意志を持って息づく万有の諸力が存在している。

 ブラックウッドの作品は何れを読んでも彼の作品と判るものばかりだが、ここでは便宜的に三つの系統に別けてみることにする。

1)ジョン・サイレンスものに代表される一連の心霊的怪奇小説や怪談。

2)『ケンタウロス』に代表される、大自然への精神の還帰・解放を描いた作品。

2')『ジンボー』『妖精郷の囚われ人』等、幼年期の夢想の世界へ自由に羽ばたいてゆく主人公達を扱った子供向けの作品。

 2)と2')は方向性としては同一のものと捉えてよいだろう。1)は恐怖を、2)は歓喜を描いてはいるが、その違いは全く別々の世界観を描いたことによる違いではない。これについての解釈はふた通りが可能だろう。ひとつは、両者の違いは単に大いなる力に対する関係の仕方が異なっていることによるものであるとするもの。つまりは登場人物の圧倒されるか合一を目指すかと云う姿勢の違いが恐怖か歓喜かの違いを生み出すのであり、周囲の現象に対する適切な理解を持つかどうか、或いは通常の霊的生活の基準から外れたことに対して物怖じするかどうかが、大自然の精霊と上手く付き合えるかどうかの分かれ道となる。もうひとつは扱われる心霊的現象自体に、悪か善かと別ける特徴があるとするもの。即ち、それが限定された事象への偏執的な固着を示すものなのか、或いは全体へ向かうものなのかの違いに起因する方向性の違いが、登場人物へのその現象への関わり方を規定すると云うもの。両方の解釈の何れもが可能であるが、ブラックウッドの描く世界の理論的側面についての考察はここでは深入りしないでおく。

 個々の作品を取れば、輪廻、古代の呪い、残留思念、魔術、狼男、吸血鬼、大地の精霊等々、ブラックウッドが扱った怪奇現象は実に多岐に亘るが、それらが描き出される筆致に於て特徴的なのは、その何れもが心霊的・心理的描写を基盤に据えていると云うことである。イギリス的な経験論的基調はどの作品に於ても変わらないが、そこで扱われている怪異は、ハリウッド映画の様な即物的なものではなく、一部のモダン・ホラーの様に俗流精神分析的な比喩でもなく、飽く迄心霊的経験の一部である。サイレンス医師にしても、怪異に対するその取り組み方は怪しげな理屈を振り回すオカルティストと云うより、コリン・ウィルソンが言う様な意味での「白魔術師」の様なものである。ブラックウッドの文体は、為に時として冗長と評されることもあるが、心霊的・心理的な意識の流れについての丁寧な(「緻密」とは言い難いが)記述が、一貫して彼の作品の大きな特色を成している。


*フェヒナーにしてもジェイムズにしても、全体的に見ればその思想は精神と云う現象を自然科学と親和させようと云う試みのひとつだと言えるが、ブラックウッドの場合その傾向は希薄である。




以下の文献、レビューも参照
 南條竹則『恐怖の黄金時代 英国怪奇小説の巨匠たち』(集英社新書、2000)

 Mike Ashley, A Bibliography (Bibliographies and Indexes in World Literarure, No.1) (Greenwood Pub Group, 1987)

 Mike Ashley, The Magic Mirror: Lost Supernatural and Mystery Stories by Algernon Blackwood (William Kimber & Co Ltd, 1989)

 Mike Ashley, Starlight Man: The Extraordinary Life of Algernon Blackwood (Constable, 2001)

 Mike Ashley, Algernon Blackwood: An Extraordinary Life (Da Capo Pr; 1st Carroll & Graf Ed, 2002)



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