1619.
 断片化され、細切れにされ、バラバラに引き裂かれた私の物語達よ、お前達を再び縫い合わせてやるのは一体―――誰の役目だ?


1620.
 アリストテレスの『喜劇論』が失われてしまったのは、或る意味では私にとっては幸いなことであったかも知れない。若し私がそれを読んだとしても、私は、そこらの所謂「現代思想」の吐き気を催す様なレトリックに目を回すよりも、もっと惨めな訳の分からなさに屈辱を覚えていたかも知れない。ユーモアとかジョークとかは、私にとって常に難解なものであり、どんなに容易に理解出来るものであっても、「解読を許さぬ」ものの様に思えてしまう、影の領域を抱えているのである。『モンティ・パイソン』を例に挙げると、笑い声の入ったTV版ならば私は理解出来る様に思い込むことが出来るのだが、笑い声の入っていない劇場版となると、途端に私はまごついてしまい、何処で笑ったら良いのか、何処で笑うべきなのか、途方に暮れてぽつんと取り残される羽目に成る。私には、笑いを共にしてくれる者の臨在が必要なのだ。笑いを解読し、ひとつひとつ指図をしてくれるガイド役が傍に居てくれなくてはならないのだ。


1621.
 恐らくは私以外誰も顧みることの無かった車道の片隅に無残にも散乱している、力任せに引き千切られたと思しき羽毛の、何とはかなく、美しいことよ! その生命に私は戦慄し、且つ、陶酔を覚える。加害者はどちらだったろう? 被害者はどちらだったろう?―――寒さの為にまだ半ばは生々しく残っている血飛沫の痕から私が読み取ったのは、そんなことではなかった。そんなことはどうでも良かった。緑青色に輝く、その残酷なまでに美しい羽先と、付け根にまだ少しこびり付いている淫らな肉片―――斑点模様を散らしてその優美さをこれ見よがしに当たりにひけらかしているもうひとつ他の羽根筋と、その付け根の、何とも豪放野蛮な、爆発した様な細い毛の束―――誰にも踏まれず、然れど誰にも避けられることも無かったであろう、惨劇の現場―――それらから私が読み取ったのは唯々、この小さな大自然に対する好奇心めいた興趣、それだけであった………。


1622.
 理論構成はもっと器用な、細々とした分類が得意だとか好きだとか云う他の人にお任せする。私は私の生を実践するので忙しい。


1623.
 そもそも、私は何を知りたかったのだろう? 全てはもう疾っくに知られていると云うのに。だが私にはそのことすら解らない、解らない、解らない………。
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