1574.
愛情と云うものは絶えず解きほぐして、より大きな地平に目を向けさせてやらなければならない。何故なら愛情とは即ち執着であり、何か局所的なもの、限定的なもの、部分的なものを他のものと比べて優先させ、それらにより大きな価値を認めると云うことに他ならず、それは偏狭な排除の可能性と常に抱き合わせになっているからだ。だが仏教徒の様に執着そのものを放擲してしまえと万人に要求するのは酷であろう。愛情が齎す体験の深さや充実をも捨て去ってしまえば、世界は随分と味気無くなっってしまう。問題は、愛情の悦びが招き寄せる視野の狭窄を警戒し、絶えずバランスに気を配るべきだと云うことであり、各々の理性が顧みて目を背けたくなる様な醜行に陥ることの無いよう、想像力の天秤棒を出来るだけ長く伸ばしておくべきだと云うことなのである。


1575.
余りにも卑俗な現実に取り囲まれて窒息しそうだ。生活代行業者なるものが存在してくれれば良いのだが、現行の制度では高い金を払って家族を作り、負担の一部を転嫁させるのがやっとだ。


1576.
連中の頭に根を張っている事勿れ主義の余りの堅固さに開いた口が塞がらない。臭いものに悉く蓋をし、長いものには黙って巻かれておくのが大人の、社会人の、良き市民の至上命題だとでも思っているのだろうか? 成る程、これでは政治家ばかりを責める訳には行かない。あの選挙民にしてあの政治家在り、なのだ。理非曲直の筋が通らない社会に、一体何を期待出来ると云うのだろうか。


1577.
安物のインスタントコーヒーを飲む。自分が今までどれだけ寒々とした環境の中に居たのか気が付いて愕然とする。私は孤独だったのだろうか? そう、その瞬間私は、ずっと孤独だった者に成ったのだ。


1578.
どの人の顔にも値札が貼り付いている、こんなとてもまともではない世界で、彼等がどうやって人間らし振りを続けていられるのか、私には全くの謎である。恐ら彼等が私を嫌う理由の一端も、そこに有るのだろう。


1579.
悪意は伝染する。憎しみは反射する。軽蔑は拡散する。凡そ人の尊厳を貶め、それ自体としての価値を失墜させようとする全ての感情は、実に凄まじい繁殖力を持っている。中でも厄介なのはこうしたものに汚染され、取り憑かれ、自らの無知と偏狭さに恣に振る舞わせている者達の、その下らなさだ。この下らなさはそれを下らないと断じる者達の眼差しをも容赦無く自分達の地平へ引き摺り下ろそうとする為、そこで踏み堪えて矜持を持ち続けるのは至難の業である。下らない人間は正に病原菌である。それを滅菌しようとする試みそれ自体を蝕む、恐るべき悪の種である。
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