1523.
国益:主に上位所得者達が、国に売春行為を要求する際に持ち出して来る相場の目安。屢々その実態に反比例することが確認されている。


1524.
「皆で快適に暮らす為に、一緒に監獄へ入ろう。」───これが、日々我々の時代を席捲しつつあるスローガンである。異常なものが存在しなければ健全でいられる、逸脱するものが存在しなければ不安を感じずにいられる、既知のものの外部の存在など最初から無視してしまえば満足していられる、万人が全て規定されたパノプティコンの中でだけ振舞う様になれば、安全を脅かすものなど襲っては来ない。全てを管理し、分類し、番号付け、整列させ、名札を貼り、質的差異を全て均して所定のファイルの中に系統立てて納め、記録を取り、整頓し、検査し、点検し、調査し、署名し、判を押し、保証し、裏付け、証拠立て、適正な手続きに則って処理しておけば、安心して秩序を打ち立て、それを未来永劫安全に維持して行くことが出来る。万人は絶えず査定され、市場価格を見積もられ、取引材料としての資産価値を測定され、行動規準を例示され、判断力と想像力の範型を供給され、望ましい存在様式へ向かって自ら努力を惜しまないよう、叱咤激励されなければならないのであって、誰ひとり無名であってはならないし、只の存在者であってもならないし、常に保護され、警護され、囲い込まれていなければ、直ぐにあらゆる面倒事が、適度に自足した偉大なる孤高の神々の神経を掻き乱し、(おこ )がましくも力有る者の正当な権利たる虚栄と傲慢を罰しようと、隙を狙って忍び込んで来ようとするのである。あらゆるものに売買の法則を適用し、その根本に金の力を据え置く価値基準の慈悲深い支配を全世界に広めようとする崇高で気高い試みを妨害したり阻止したりしようとする者は、やんわりとであれ強硬な手段を用いてであれ、悉く徹底的に無力化され、無害化され、その一切の力を行使する権利を早急に剥奪されるべきであって、その為には可能な限りの超法規的措置が講じられて然るべきである。世界は万人がその持てるあらゆる力を尽くして戦う戦場であるべきではあるが、それは飽く迄正しい判断力を備えた極く少数の者達が定めた一定の限界内に於てのことであって、総体的には鉄格子を嵌めた大きな揺り籠であって初めて、快適な世界の在るべき姿は正しく守られるのである。「おかしな奴には制裁を、全てのものに値段を。」───これこそが我々の明るい未来を保障し続けて行ってくれるものなのである。


1525.
暑さと、生活と、労働と、偏狭な隣人達の不愉快な悪意とに、絶えず思考と言葉と創造的活動を妨害され続け、この夏は全く死んでいたも同然だった。せめてもの慰めはと云えば何冊か良い本を読み、多少なりとも得るところが有ったと云うこと位だ。この世界は何と馬鹿馬鹿しいもので満ちているのだろうと疲労の中で呆れつつ、気が付けば自分もまたその馬鹿馬鹿しさの大海の表面で四肢をぐったりさせてぷかぷかと当て処も無くぼんやりと浮かんでいる。憤り拳を振り上げ大声で反抗の宣言を喚き散らすべきなのだと思ってはみるのだが、ぐったりと無為の中で弛緩し切った頭脳の精神に喝を入れる気力すら何処かへ落っことしてしまっていて、何処を探せば良いのか見当も付かずにうろうろと当惑と忘却の間とを行ったり来たりしている。最早災害と呼ぶべき今年の世界的な酷暑の中に在って、金と、従って日給と、もう少し気密性が高くより広い住居と、クーラーさえ手許に在れば、このぐだぐだの頽落状態から抜け出すことも叶うのではないかと思うと、そんなちんけなものどもに牛耳られる自らの在り方が如何にも厭わしく思われて来て、愚昧と不合理と耳塞がんばかりの不寛容の絶叫にすっかり辺りを包囲され、それらに対し何等かの強力で有効な反撃を加えることの出来ない余りにも無力な自分が、全く吹けば飛ぶゴミの様な存在にしか思えなくなって来る。実際のところ、私は剥奪され、疎外され、道端に打ち捨てられた一箇の石ころであり、誰にも顧みられることの無い砂利道の石の間に挟まった砂粒である。熱気に溶かされ、形を失い、引力に従って下へ下へと溢れて行く泥濘である。この夏の大部分、私は満足に人間と呼べる代物でさえなく、早い腐敗と劣悪な労働条件と増え過ぎた儘一向に減ろうとしない体重とによって見る影も無く崩れ落ちた、辛うじてその名前が判別出来る程度の、三流の詩の残骸である。夏よ万歳、人生よ万歳、永久 (とこしえ )に続くかとも思われるその途方も無い暴虐と破壊に精々幸有れ。
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