1515.
何か書いていないと死んでしまう。そして自分が死んでいることにも気付かなくなってしまう。


1516.
評論家としての私を作家としての私に先だって発動させる位なら、私は最初から評論家に成っている。作家としての私が評論家としての私の酷評を恐れずに、或いは「気にせずに」、「ものともせずに」、と云うよりは寧ろ初めからこんなものを気に懸けずに作品を生み出すのは、私が方法論で雁字搦めになってい乍ら強引に前進出来る程剛腕でもなければ、数々の注文を小気味良く捌いて体裁良く作品に組み込める程要領が良い訳でもないからだ。考え込んで否応無く立ち止まらせられるよりは、ひとつの前進、ひとつの遂行、ひとつの達成の方が幾万倍も価値が有る。私が方法論のことを極力考えないようにし、またそのことについて多くを書き記さないようにしているのは、振り返るよりも先ず前へ進むことこそが空虚としての現在を満たしてくれるからであり、私が時代に参加し、世界の空気を呼吸し、積み重なる時間の中に受肉した生を生きていられると思わせてくれるからである。実践が反省に先立たねばならない。ひとつの検討の前に先ず百の不様な失敗を経なければならない。存在することを求めるのであれば、考えることより先ず為すことを気に懸けるべきであり、批判的行為の母胎は創造的行為の裡にこそ在るのだと心すべきである。


1517.
驚くには、驚異を感じるには、度外れた神秘や力や深淵の存在を感じ取るには、それに見合った想像力が必要となる。我々が通常思い描き慣れているものどもから余りにも懸け離れた対象に遭遇した際、我々はびっくりして腰を抜かしたりはしない。単に理解出来ずにぽかんと口を開けるばかりである。

 例えばまだ立体的広がりを知らない乳幼児は、階段の上から身を乗り出すことを何とも思わないし、代々砂漠で生活しているアラビア人達は、「アラビアのロレンス」が近代的絵画法に基付く写真的な肖像画を見せても、そもそも何を描いているのか解らなかった。ヨーロッパ人のボートには驚嘆した「新大陸」の先住民達は、巨大な軍艦には何の感慨も洩らさず、二十より大きな数を持たないアフリカの部族民に近代戦争の何たるかを伝えることは不可能だ。我々現代文明に帰属する健常な精神を持つ成人の間でさえ、例えば我々の地球が属しているこの天の河銀河は、一秒間に地球を八回半も回る光の速さを以てしても、端から端まで渡り切るのに十万年も掛かると云うことを聞いて、或る程度の知的な訓練を受けた者であれば何等かのイメージを掴むことは可能であろうが、更にその大きさを鑑賞したり、その大きさに圧倒されたりすることの出来る者がその中でどれだけ居るものだろうか。スイス製の精巧な時計を見て感心するのは比較的容易だろうが、ではその大きさを最早概念的にしか思い浮かべられないナノマシンに度肝を抜かれることはどうだろうか。クオークやレプトンに目眩のする様な感覚を覚える者がどれだけ居るだろうか。我々は自分達の身の丈に合ったサイズのものに対してしか何等かの情動を動かすことは出来ないのであり、想像力が乏しければ乏しい程、「おかしなもの」のクズ籠に放り込まれるものどものヴァリエーションはどんどん貧弱に、貧相に成る。

 一般に想像力が豊かな者や、或いは豊か過ぎる者はこれとは逆で、陳腐な日常に縛られた者達が目を見張る様なものどもは、彼等にとっては大部分予想済みの、意外性の少ない、何等目新しいところの無いものどもであり、このことから彼等は「日の下に新しきこと無し」と云う全能的既知感に屢々囚われ勝ちである。他の者達が見慣れたもの、喜ぶもの、恐れるもの───そうしたものどもは、彼等にとってはすでに一万年も前に終了した分類済みの化石であり、その驚異への完全且つ安全な没入は禁じられていて、保留条件無しでそうしたものどもを眺めることは、彼等にとっては不可能であるか、甚だしく困難である。よって彼等は地平の彼方を目指させるを得ないし、未だ曾て誰にも見られたことの無い、誰にも夢見られたことの無い領域を目指さざるを得ない。彼等が充足を得る為には、周囲に張り巡らされた限界を打ち破るしか無いのであり、彼等が真に生きる為には、世界を破壊し、脱皮させなくてはならない。それは彼等の本能であり、飢渇であり、目的因である。彼等が住まうべきはより大きな、より小さな、より異質な世界であり、まだ開拓の余地の有る現実であり、改変され探索され無際限に果てしの無い宇宙である。彼等は成長しなければならないから成長するのであり、成長するのが当たり前だから成長するのであり、成長するか死ぬかと云う選択肢しか持ち合わせていないから成長するのである。驚くことは希哲の始まりであるとアリストテレスは言う。だが彼等にとって驚くことは食べたり飲んだり眠ったりするのと同じことであり、それが生存の必須条件だからそれを満たしているに過ぎない。地平の破壊と拡大、そして深化は彼等にとっては必然に進化であり、適応であり、真の生活の根幹を成すものであって………
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