1508.
この世は私の想像力を圧殺し、集中力をズタズタに引き裂き、自由な精神を無知へと引き摺り下ろそうとする諸勢力に満ちみちている。私はそのことで我慢する積もりは無いし、またそうしなければならぬ謂われも無い。欺瞞の上に成り立つ満足は豚共(罵倒の意味で言っているのである、勿論)の所業であり、牢獄の中に安息を見出すのは、唯徹頭徹尾鈍感な者のみが能くするところである。私は熱い砂の中に首を突っ込んで喜ぶ様な変態ではないし、自ら耳を塞ぎ目を閉じ口を噤んで平然としていられる様な愚物でもない。私は怠惰だが真に生きることを放棄する程怠惰ではないし、凡庸だが自らの凡庸さに気付かぬ程盲目でもない。私は多くの反抗の術を奪われ、或いは見失ってはいるが、全てを諦めてしまえる程物分かりが良い訳でもない。世に満ちる悲惨さの存在と、恐らくそれが常態なのだと云うことには気付いている、と云うより気付かざるを得ないでいるが、それを納得して全肯定してしまえる程寛大な心を持っている訳でもない。私は一方から他方へ、現に在るものどもからまだ在らぬものどもへと移行しようとする力であり、何処か定住先に身を落ち着けて凝っとしていることの出来ない分裂である。私は不満と願望、倦怠と希望の塊であり、常に否定する、否定すると叫び続ける、空しくも執念深い絶叫である。


1509.
雑音、雑音、人の声………手にしたペンを持ち替えて目の前の真ッ白な地面に凶暴に突き立ててやりたくなる。静かに独りに成れる時間は千金に値する。そうでない時間は唯ひたすら着々と狂気の境界へと追い遣られて行く絶え間の無い過程だ。


1510.
苦悩する。その安っぽさがまた私を苦悩させる。


1511.
言葉が止まる。叫び出したいがそれも許されない。何か書きたいが字も書けない。異物でしかない世界の中で、私は喉を掻き毟り乍ら引き裂かれて行く。


1512.
目に映るあらゆる場面が書き割りに見える。そこでは必ず某かの役割、某かの人物を演じることが求められていて、台詞も、身振りも、表情も、何ひとつ批評の目を免れない。私は常に監視され、無数の視線によって雁字搦めにされ、緊縛された儘舞台に上がっている。舞台裏に引っ込むことは一時たりとも許されず、次の演技をじっくり検討してみる余裕も与えられない。四六時中息が詰まりそうな恐怖に囲繞されて、私は次第に限界に近付いて行く。
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