1460.
ネット上の匿名掲示板に於ては人格を細切れにしてあちこちに分散させておくことは日常茶飯事であるが、多者であることを当然の様に許されることの安らぎ、非-一義性の未決状態の儘「私」を浮遊させておくことの快楽は、一寸他のものとは代替し難い。私は一種の物自体としてあらゆる現象の背後に隠れていたいのであり、欺くことをそれと自覚しつつ、常に逃げ道が用意されている状態の中に留まり続けていたいのである。気高い理想や人を動かす真実はその数多の嘘―――必ず部分的に分有されることが前提となっている条件付きの真実の中から生まれねばならないのであり、その変幻する諸々の仮面の彼方に、不可知のものとして私を現出させたいのである。


1461.
「傑作」の重要な成立条件のひとつは作品との距離である。作品それ自体についての反省が少なければ少ない程その凡庸さは輝きを帯びて鑑賞者に迫って来る。制度化され権威付けられてしまったものを除いて、「傑作」とは優れてひとつの体験であって、飽く迄作品と鑑賞者との間で結ばれる関係に於てこそ誕生する。


1462.
間断無い怯えの中で、私は小心翼々と生きている。それでも彼等に私の魂を汚したり壊したりすることまでは出来ない、などと云う台詞は単なる強がりに過ぎない。生活の消耗は着実に私の精神を蝕む。


1463.
抽象的な思考そのものが逃亡である。一種の嫌悪と拒絶の表明であり、憤慨と孤独の一形態である。


1464.
こちらに対して明白な害意を露にする者とも、何とかこの生活世界を共有して行かなければならない。それは解る。だが出来れば私から出来るだけ遠ざかった所で棲息しておいて欲しいと願うのは何も法に悖ることではない。


1465.
言論の自由は基本的人権を旨とする法の下では保証されている。だが「人間関係」のしがらみの中に於てはそうではないし、況んや金の論理の枠内に於ておや。
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