1423.
あいつは非常にうざったい奴だ。出来れば顔も見たくないし声も聞きたくない。だが、憎いとか殺したいとかは思わない。あんな下らない奴の為にこれ以上私の神経を使うのはそれこそ全くの無駄であって、あれこれ思い悩んだりする価値は全く無いからだ。地上のものは地上のものに任せておくべきなのだ。


1424.
最近の刑務所では、雑居房で他の受刑者達と一緒に寝なければならないのが嫌な余りに、独房へ移りたい一心で、刑期が伸びるのを覚悟でわざと規則違反をする若い受刑者が増えていると云う。さもありなん。眠りとは本来私秘的なものであって、寝顔や寝言と云った眠っている間の我々の肉体から表出される様々のサインは、我々が日記帳に書き漏らしたことどもと同じで、基本的に他人に見せるべくして表出されたものではない。幼い頃から一人部屋で寝るのが習慣になっていて、他人と一緒に寝ると云う経験が極端に少ない若い世代にとっては、他人と近接した時間と空間の中で眠りを共有するなど、思いも寄らないものなのだ。例えば愛し合う親子や男女間のでの様に、それがより包括的なレベルでの存在の深化に繋がるケースがあると云うことは、我々は重々承知している。だがそれが自分達の身に、しかも日常的に起きることとなると、話は全く別なのだ。


1425.
うんざりしたか? そうか、私もだ。


1426.
あの夕焼けを、星々を、これまで私を解き放ってくれた諸々の諸観念を失ってしまったとしても、私と云う一個体が生存を続けて行くことは可能だろう。それが堪らなく辛く、情け無い。


1427.
奴隷制度は消滅した訳ではない。賃金制度と云うフィルターを通すことによってより効率的に、不可視的に成っただけだ。


1428.
労働者と云うものは存在しない―――社会的な眼差しの心地良い独裁の下に於ては、物理的、生物学的には確かに労働者達は存在している。だが、彼等は耳も聞こえなければ目も見えず、口も利けなければ頭も持っていない。彼等は本質的に無貌であり―――しかし、その直接的・間接的なサービスの相手の自己顕示欲を満足させる程度には人間めいたペルソナを被っていなければならない。彼等に許された表情は自分が無害であり、勤労意欲に溢れ、現状に満足し不満など無いと告げるものに限られていて、うっかり自らが自然権として不可侵の人権と尊厳を持った人間であることをその限度を超えてぽろりと漏らそうものなら、忽ち有形無形様々の仕方で制裁が飛んで来ることになる。
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