k-m industry
1370.
機械は――殊に、「電子機器」に分類される代物は、その不可視の不如意性に於て、既にひとつの立派な他者と言っても良い。包丁の様なシンプルなものや、或いは我々自身の手や指にまで至る物理的な「道具」は、皆程度の差はあれそれ自身自立した印象を与える抵抗力を持っているものである。が、電子機器は肉体を通じての対話を最初から峻拒すると云う点に於て、他の道具よりもずば抜けている。カバーや蓋を外す時、我々が出会うことになるのは固く閉ざされた口であり、暗号と符牒を用いて執り行われる秘儀であり、頑固で理解不能な意志である。それは殆どの場合、こちらから手を出さない限り、向こうからは手を出して来ないと云う点に於て極めて都会的であると言えるが、長所と言えるのはその位で、寧ろそれは快適に暮らして行く為には時々意味も無くヘソを曲げ、その為にいちいち外部に助けを求めればならぬこともあると云う点で、村落に於ける不愉快で気難しい隣人に似ている。


1371.
孤独は終生の友である。だがどんな状況下でも他者は呼びもしないのに遣って来る。この世の不完全さそれ自体が侵入者であり迫害者であり、征服者であるからだ。


1372.
傷付くのは嫌だ。痛いのは嫌だ。だが痛みにも必要な痛みとそうでない痛みと云うものがある。私自身の一部を成す痛みから疎外されている限り、私は人間として私自身であり続けることは出来ない。


1373.
気が付けば他人ばかり。見知らぬ人々、名も知らぬ人々、表面だけの人々。私のことを知っていた人々が居なくなったら、彼等が知っていた私はどうなっているのだろう? 死ぬのだろうか? 一個の完結した他者と化すのだろうか? それとも眠るだけか? 目覚めの不確実な夢も見ない眠りに就くのだろうか? 以前私が「私」と呼んでいた存在は最早存在してはいないか、少なくとも以前よりずっと稀薄になっている。今の私は誰なのだろう? 以前はその存在すら知らなかった他人が、何時の間にか「私」と呼ばれている。そして気が付いてみると、彼は殆ど未知の相手で、私は彼のことを碌に知ってはいないのだった………!


1374.
考え事は秘め事であって、人前でするものではない。私が私である為には、私は、自分の奥底を邪魔されずに覗き込んでいられるだけ独りでなくてはならない。魚が水を求める様に、鳥が空を求める様に、私は孤独と静寂を求める。他者は、それとの間に構築される関係性が思わぬ洞察への手掛かりを提供してくれることも少なくないが、その洞察が私のものとなってくれる為には、やはり私がそれらの直接現前の煩わしさから逃れ得る時間が必要であり、他者は、仮令それがどんなに親しい友人であったとしても、私にとってはノイズであることを免れ得ない。ひょっとしたら曾てはそうではなかったかも知れないが、何れにしろ今となっては、私を私でいさせてくれる固定した他者と云うものは不可能な存在と成り果ててしまった。
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