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1353.
ひとつの情調(Stimmung)や傾向に支配され続けるのを許しておくのは、想像力の欠如した愚か者のやることだ。ひとつの情調や傾向さえ持つことが出来ない者は、愚か者にすら成れない者だ。私は自分がどちらの陣営に属しているのか分からない。常に剰余の出る現実の中で、不断の揺らぎの内に揺らめき続けている。


1354.
雑多な寄せ集めの集合体を無理矢理ひとつの肉体の中に押し込まれて、どうとでも使える「私」と云う針でいい加減にピン留めしたもの―――それが私と呼ばれている代物だ。


1355.
無垢の弾丸で背後から闇討ちされる。私が決して振り向くことが出来ないことを、向こうも承知しているのにも関わらずだ。呆然として真っ赤に染まった傷口を見てみるのは手遅れになってから、その瞬間まで私は、自分が疾うの昔に死んでいることなど知らずに済んでいたと云うのに。しかも尚悪いことに、私はこうなることをずっと前から知っていたのだ。


1356.
電話ボックス:電話病を発症し、精神に異常を来して譫言を口走る様になった者が、周囲の者の目障りや耳障りにならないよう一時的に隔離しておく為の収容施設。資本主義の発達につれ所謂先進諸国で数多く設置されて行ったが、健全な思考力を必要としない更なる労働者を求める投機家達の意向により携帯電話が普及すると共に急速に減少し、以降は一定のルールさえ守れば狂人でも自由に街中を歩ける社会が実現される様になった。


1357.
子供:自らの人生は最早取り返しが付かぬと悟った老人が、自分の代わりに笑わせて自らを慰める為の愛玩道具。尤も、自分の人生に秘かな復讐を果たす為にこれを濫用する者は多い。


1358.
殆どの者は、この世に生まれ落ちた時には泣き喚くものだが、この世からおさらばする時に泣き喚く者はそう多くはない。皆呆然としてしまって泣くどころではないのである。


1359.
暫く放っておいてくれないか。私は、生きている振りをするので忙しい振りをしなければならない。このぐだぐだの泥沼を紛らすことが出来るのは恐らく最早音楽だけだ。
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