1295.
退屈は我々の精髄を食い漁り毟り取る魔物だ。より精妙な味わいを知る者程この病禍は深く大きく、より癒し難いものとなる。


1296.
所謂「詩」の範疇に属する文章を書く時に私が好んで定型詩にしたがるのは、言葉が勝手に暴走して私を呑み込んでしまわないようにする為の予防措置である。言葉には魔力が宿っているが、それに形式と云う枠を嵌めることによってその魔力に手綱を着けることが出来る。散文では逆に、魔力を強める為に形式めいたリズムを利用することがあるが、万が一行き過ぎた場合でも、そのリズムによって文章は無秩序な崩壊を免れることが出来る。美的見地からも、バランスを整え十分に制御された劇的効果を高める為に文章に有意味なリズムを意図的に用いるのは理に適ったことである。


1297.
同定することの快楽、本来名付け得ぬべき事象を、事態を、名指し、形容し、表現する。無限に有った諸々の可能性をたったひとつに閉じ込め、断裁の鋏を揮い、切り捨て、区分けしてラベルを貼り、無数の孤児達を作り出す。諸世界を蹂躙し、暴行を加え、力で捩じ伏せ、バラバラに切り刻んでポケットに仕舞い込む。これが変態的倒錯でなくて何であろう。
 書くとは健常者のすべきことではない。まともな精神なら敢えてかかる蛮行に手を染めようとは思わない。書くことは暴力であり、罪であり、真性の狂気の沙汰である。


1298.
他人から与えられる糖蜜に満足し切ってしまう者は、やがて歯がボロボロになり全て抜け落ちてしまって、最終的には噛むことが出来ずに唯呑み込むことしか出来なくなってしまう。栄養の偏りによって血の巡りは悪くなり、歪な習慣が付いて回って、その内醜怪な畸型へと退化する。そして糖蜜以外の食べ物を全て毒だと思い込む様になり、差し伸べられた救援の手さえ、悪魔の囁きにしか思えなくなってしまう。


1299.
影に恋するのは無知な者の特権である。


1300.
悪夢には説明も解釈も無い。唯過剰なまでの存在があるばかりだ!


1301.
結局、私が語る全てのことは、切り刻まれた逢着点に過ぎない。そこに至るまでのあらゆる過程は語られない儘取り零され、取り残され、無惨に口を開ける時間の深淵の中に打ち棄てられ、語られなかったものどもは倦こと無く夜の闇の中から語りたいと云う強迫衝動と語るべきだと云う執拗な義務感とで以て私を責め苛み、焦らせ、狂わんばかりに絶望を掻き立てる。川の水を椀で掬う。椀に移されたとき、その流れは既に死んでいる。しかし椀の中にもさざ波は立つ。それで我慢しなければならない。だが、再び川の流れに目を転じた時に自分がしてしまった蛮行の浅はかさを思い知らされる時、湧き上がる法外な無力感を、どうやったら鎮められると云うのだろうか。
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