1263.
語り合うのに値するのは死者達だけだ。声を持った死者達か、死者の声を持った者達だけだ。地下世界へと沈み込んで行った者達は、無言で侵犯し、生者達の基底を抉り、私を怯えさせ、苛立たせるだけだ。1対1対応の裡に私が個々の相貌を持った者として死者達の列に加え、天空へと上げた者達だけが、手応えのある声で私の心を充満させることが出来るのだ。


1264.
具体的なものを前にしての私の無為と不決断は既に習い性として骨髄に浸み込んでしまっているので、この必ず失墜し没落するものどもに対して何かをしなければならない場合は、それら無しでは到底何事も為すことなぞ出来ない。先取りされた後悔を抱えての確信犯的な裏切り、それこそが、この地上で私が何かをする (、、 )と云うことの嘘偽り無き本質に他ならない。


1265.
初め、天地は冗談で創られた。それも、笑えない冗談で。


1266.
子供の頃私のヒーローだった――今でもヒーローなのだが――レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉に、例えば、「徳は失われ得ない」と云うものがある。*それは嘘だ。徳は必ず失われ得る。それが行為に関わるものである限り、そこで反射的に「にも関わらず」とか「であるがしかし」と続けたくなる。だがそんなものを血眼になって探し始めた途端、そこで一切は光彩を失い、意識の病に取り憑かれて、何もかも「」付きになる。「だからどうだって云うんだ」などと考えている者が、飛べない人力飛行機を考案しようなどと思う訳が無い。なのに彼の愚行が今尚私にとって輝かしく映ると云う事実を思うと、私は心底自分の無能さ加減に嫌気を覚える。

*『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』(岩波文庫)


1267.
何故私の母は私を産み落とす時にそれらしい上手い言い訳のひとつも一緒に添えておいてくれなかったのか。そのお陰で今や毎日散々な目に遭っている。


1268.
近さとどうでもよさは正比例する。何事かに価値と意義を見出す為には、殺してホルマリン漬けにして遠くから眺めるに留めておかねばならない。
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