1220.
四六時中快楽物質を分泌していることを要求される世の中にあって、不快を選択することを表明することはひとつの権利として確立されなければならない。またそれよりも更に大事なことだが、どれそれの快不快をそもそも選択する意志の無いことを表明する権利もまた保証されなければならない。


1221.
生き腐れと云うか飼い殺しと云うか、とにかく夏場の生ゴミの様な気分を味わっている。世の中とは要するに巨大なゴミ処理場の様なものだ。確かに何等かの形で必要なものなのかも知れないが、その中へ身を投じて毎日転げ回らなければならないとなれば、ひねくれもしようと云うものだ。


1222.
他人の臨在はひとつの立派な暴力である。そして横っ面を引っ叩かれることによって私という名の混沌へと変化を来す心についての騒々しい思想は、悉く他人の居る光景の中で生まれる。


1223.
何処に居ても付き纏うこの言い様の無い居心地の悪さ、早く何処か別の場所へ逃げ去りたいと云う止み難い欲求は、幼少の頃から余りにも深く私の生活に浸透してしまっているので、既に私の本質の一部と成ってしまっている。この感覚から最も逃れて居られる場所は恐らく自分の部屋のベッドの中だが、これとて結局は一時凌ぎに過ぎない。そこで自然と、私の心は「何処でもない場所」へと向こうことになる。


1224.
あの恐怖について一言も語れない。こと有る毎に舞い戻っては私を苦しめるあの得体の知れない強力無比の力について何か語ろうとする度に、結局は分厚いガラス一枚によって隔てられてでもいるかの様に、その周辺をぐるぐると回るだけ。その核心については全く要点を逃してしまう。私の記憶の中枢に巣食って凝っと蹲り、意識を引き寄せ続けることを止めようとしない不気味な影について、私は未だ何も語れない。存在することに付き纏うあの不穏な失墜の感覚、世界が今現在も正にあの法外な深淵へ向かって墜落しつつあると云うあの戦慄は、今だに私の言葉による把握を拒み続け、孤高の沈黙を守って、その先にある絶対の力について解説を許そうとはしない。


1225.
暗闇も静寂も無い生活環境なぞ、凡そまともな人間の住む所ではない。夜の安らぎを知らない生活と云うものは、指揮者もコンサートマスターも不在の、リハーサルすらしないオーケストラの様なものだ。


1226.
連中は、私が連中とは同じ様に物事を感じ、同じ様に振る舞い、同じ様な事柄に関心を示さないからと云って私のことを責め立てる。真に煩わしい。だが正直に「その通り。私は君達の暮らし方なんぞにはこれっぽっちも興味は無いし、興味を持とうとも思わない」と公言するには、それ相応の金が要る。
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