1168.
疾っくに期限の切れた切符を持ってうろうろし続けている。目的地が果たして何処だったのか、今となっては知る術は無い。


1169.
規範とすべき歴史が必要である。全人類が里程標とし、確認と批判とを繰り返す基礎となるべき歴史が。遅くとも第一次世界大戦以降の世界史は、人権の尊重と法の遵守の名の下に書き換えられねばならない。これは夢想家の理想ではなく、人類が共有可能な未来を築いて行く為の必須の課題である。*

* ここから汲み取ることの可能なファシズム的なニュアンスや、余りにも現状を軽視した素朴な物言いの馬鹿馬鹿しさ加減には気付いている。だがどうしてもこう訴えねばならぬ状況と云うものがある。


1170.
夜が、昼の監視の暴虐からの一時的避難所、息苦しい朝を迎えるまでの申し訳程度の場繋ぎとしてではなく、戦慄すべき親しき友として、独自の生命を帯びて現れる時、私は秘かに深く呼吸することを思い出し、又新たな繭を作り始める。それはひっそりと一目を忍んで行われる歓喜の儀式でもあり、緩やかな螺旋を描いて降下する火の舞踏、上昇する水の生成であって、ズタズタにされていたものがその中で再び癒合し、息を吹き返し、厳しくも懐の深い覇権を回復する。硬く懲り固められていた翼がばりばりと音を立てて広がり始め、毅然とした魂が頭を擡げて周囲を睥睨し、自らの足で再び大地を踏み締めて歩き出す。それは一瞬の気付き、自明なるものの認識であって、その瞬間から大気はそれ自体で潤いを持ち、空は低く身構えて力を()め、星々は怪しい輝きを放ち始める。温かい闇が鼓動の様な動きを見せ、無言の声が中心から唸りを上げ、充満した空無が大きく大きく膨れ上がって全てを呑み込んで行く。静かに、何処迄も静かに陰に隠れていた者達がざわざわと蠢き出し、微笑に込められた恐るべき慈愛で以て満ち潮の様に一面を満たし、くすくすと笑い乍ら非在の空間へと溶け込んで行く。時間の歩みが緩慢になり、ざりざりと凄まじい音声 (おんじょう )を上げて(たわ )み、歪み、懐かしい未来の風景の中でぱちんと弾ける。自足した復讐が完成して行くのが五体全てに感じられ、夜の大気の中へと漲り、世界の外へ一気に放出する時を待たずに、じわりじわりと滲み出して行く。(いびつ )な生気を放つ(よこしま )な昼の光が雫と成ってぽたりぽたりと滴り落ち、雨垂れは谺と成って天空に満ち、やがて魔の微笑みが暗く、深く、更に静かな深夜へと滑り落ちて行く………。


1171.
思考することを恐れてはいけない。他の可能性に想像力を巡らせることを恐れてはいけない。行動の前に立ち止まることを恐れてはいけない。確かに君の知らぬものは大きい。以前君がしがみついていて、君にとっては全てだったちっぽけな世界が失われ、或いは変質してしまう。だがその先に君の得るものはそれよりも遙かに大きい。新しいより包括的な世界が、君の前におずおずと姿を現し始めるのだ。
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