1119.
全く無益なことをして、時間に復讐をする。全く不必要なことをして、時間を奪い去って行く金に復讐をする。どちらも無能な下衆のやることだ。だが、このふたつの間には貴賎の別を付けたいとも思う。少なくとも、後者の方がより下らないものを相手に、より下らない理由に基づいて行われる。


1120.
金に逼迫し、今日の生活のことしか考えられぬ状況が続く。言葉も概念も共に底の浅い水源を枯渇させ、想像力は極く詰まらぬ卑小なものによって蹂躙される。ゆっくりペンを執っている暇さえ無く、日々の要求によってじわじわと精神が蝕まれて行くのを指を咥えて見ているしか無い。視野を広げ驚きを新たにする為の賦活剤に割り当てられる金額は目に見えて少なくなり、非常に緩慢だがしかし確実な廃頽が、私を自閉の死へと追い遣って行く。無能にして頼れる友とて無いこの身なれば、新たに財を得る術とて知らず、窮状を訴える先も知りはしない。凡そ実務と云うものに何等かの意義による充足感を得ることが全く叶わぬ厄介な性分を持て余し、不足を抱えた儘、一歩一歩崖縁に追い詰められて行く。何れ灼熱のマグマが暴発する機会を捉えるべく僅かな亀裂や薄く弱い部分を探し求め、地底で煮えたぎっていることは判るのだが、しかしそれを適切な噴火口へと誘導してやるだけの余力とて無く、何とも不様に破局の訪れをぼんやりとした頭を抱えて待っているしか無い。この儘ではやがて腐敗で壊死が全身を食らい尽くし、その内自分でも気付かぬ内に取り返しのつかない損傷を被ることになるかも知れない、とは理解していても、それに対抗する何等の具体的な策がある訳でもなく、何かの奇跡の様な、例えば宝くじの当たり券の如きものを真剣に夢想する始末。私は歪みつつある、私は捩じ伏せられつつある、ひしゃげつつある、撓むだけ撓んでまだぽっきり折れるまでには余裕はあるが、それも時間の問題、この先に待っているのが全く閉塞的で狭隘な展望でしか無いことを私は推測ではなく正に知っている。そう、やがて何もかも全くの水泡に帰してしまうことを私は知っているが、それに対して私が打てる手はと言えば、問われてからやっと口籠り返事に窮すると云う体たらく、私はこの儘埋もれて、潰れて、塵芥の様に吹き飛ばされ消え去ってしまうのだろうか? 私はこの儘白痴の豚の様な生活を何年も続けて行かなくてはならないのだろうか? 自問を装ってみたところで答えは何時も同じ、私は生活には向いていない男なのだ、食べたり排泄したり金を稼いだりと云うことの為に生まれて来た人間ではないのだ。私が生活していると云うこと、これは何か大きな錯誤、あってはならぬ手違い、酷い誤解なのだ。


1121.
金は別に賤しむべきものではない。それが明日の、或いは今日の食事を脅かすものではなく、保証してくれるものである限り。従ってその当然の帰結として、世の大半の人々にとって、金とは低い価値を与えられなければならないものの筈である。だが現実にはそうではない。最早癒し様の無い病根が、既に深く固く広く根を張ってしまっているのである。


1122.
思うに、私と云う底無し井戸を発見してからと云うもの、その恐怖を忘れられる時は無かった。恐らく私自身は既に魅入られ身を乗り出し過ぎた挙げ句に真ッ逆様にその底に落ちて行ってしまい、その残響だけが今でも鳴り止まずに何時までも反響を続けているのだ。
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