1107.
暑さの中で自分を見失うどころか、最早何かをしっかりと掴む気力さえ残っていない。口から出て来るのは、こんな所にはもう居たくない、と云う無力な呟きのみ。やがて熱気と汗とが頭の中身を完全に溶かし去って、腹に食べ物と称するものを詰め込んでベッドに入るだけになる時をひたすら耐えて待ち続けている。ほんの少しの湿度と温度とによって全く骨抜きになってしまうこうした軟弱な精神などは、全く最初から有っても無くても同じ様なものである。一篇の思索より一杯の水を有難く思う様になってしまった者など、存在していてもしていなくても大して変わりは無い。


1108.
クライマックスと観客席のみによって成り立っている、そんな劇場に私は居る。或る時点でどちらの側に居るにせよ、長く落ち着いていられないのは確かだ。


1109.
十分な抵抗を惹き起こすだけに足る妨害や、一程度の思索に耽っていられる程の無理解と無関心に恵まれていたと云う点に於ては、私は間違えて生まれて来た訳ではない様だ。だからと云って素直に喜べる筈も無いが。


1110.
復讐は、その実行に際して冷静であればある程愉悦が増す。激情に駆られて行った復讐は傷が癒えるのは早いが、その分有難味が少ない。状況を完全に自己の統御下に置くこと、そしてその行動の土台を成すところの欲望を、「望んで」とは言わないまでも自ら選択して身を委ねること、この二点を逸している復讐は、単なる野蛮人の復讐であって、人類の進歩への教訓に対して何等寄与するところが無い。


1111.
病根を成すのは、微かな意識の萌芽だ。無力であり乍ら自覚している、と云う引き裂かれた状況が苦悩を生み、呪いとも成るのである。


1112.
知ることの喜びと、知るにつれて思い知らされる自分の無知と無力、その両者の間に折り合いを付けようと足掻くこと———このこと自体が既にして呪いと化してしまった。


1113.
我々人間は自らの存在の拡大を目指す。このことに疑問の余地は無い。問題はその機会の公正な分配と、高い枝に見合うだけの深い根を張れるかどうかだ。
inserted by FC2 system