1043.
影の中に己を見るのは妄想か幻覚だと言うのか。ならば、一体何の中に己を見い出せば正常だと云うハクが付くのか。


1044.
突然、これと云った理由も無く、訳の分からぬ惨めさに打ち拉がれる。その瞬間、私がこの万有に対して敗北していることを知る。ここにこうして在ることの余りの卑小さ、馬鹿馬鹿しさ。唯一の薬は眠り。


1045.
今の御時世、満ち足りて在ること、しかも心から満ち足りて在ることは、*どうやら権利ではなくて義務と化している様なのだ。反吐が出る。うんざりするものを「うんざりする!」と言って何が悪い。誤解の無い様にはっきりここに明言しておこう。私はとにかくうんざりしているのだ!

*但し財布の紐を握る手だけは決して満ち足りていてはいけないのだから偽善もいいところだ。


1046.
根の浅い木が生長し過ぎると倒れる。深さの伴わない高さも同じこと。高みへ駆け上がる前に、己が深淵を覗き込んだことがあるか振り返ってみよ。


1047.
万物斉同の直中にあって恐怖を感ずるのは、私がまだ己と云うものから乳離れで来ていないからだ。だがそのちっぽけな楔無くしては、恐らく私は満ち足りることが決して無いであろう。多分それが私の限界なのだ。


1048.
異和感を素直に受け入れ、それから目を逸らさずに突き詰めてみること、勇気ある知性の土台作りは先ずそこから始まる。


1049.
 私は怒る。人間らしく在る権利、又義務とによって。
 私は怒らない。全てに対して謙虚でありたいと希う心と、一寸ばかりの虚栄心とによって。


1050.
我々は皆、医師が唯の一人も置かれていない癲狂院の中に住んでいる。だから取り得る最善の策としては、完全に狂い切ってしまわない内に、何とか自力で正気に成ろうとするしか無いのだ。………いやそれ以前に、正気に成りたいと思わねばならず、又それ以前に、自分は狂っていると気付かねばならない。
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