1014.
雲流るゝ空を飽きず眺める。他には何も要らないと思う。と、そこへ一団の雨雲が遣って来て、何もかもおじゃんにしてしまう。斯くして私の一寸した桃源郷は、あっと云う間にその短い生涯を終える。


1015.
世間話、詰まり、どうでもいい様なことの中に興趣を見い出すことは、一種の才能又は能力である。思うに、華道や茶道等も似た様なものなのだろう。日常性のこの恐るべき圧政、独裁、強制労働。


1016.
ムシムシと暑い晩に、行き付けの古本屋に立ち寄る。嗅ぎ慣れた黴臭い空気の中を歩き回っている内、不意に泣きそうになる。何を読んでも、どれだけ読んでも、結局は何もかもが空しく、流産させられ、何の実りも無く終わってしまったあの日々、途方も無い程にひたすら浪費せられた無意味な数千時間、この本の海の中に埋もれ、最早他と見分けが付かなくなった一冊、一冊、阿呆の様に延々と繰り返されて行くこの果てしの無い徒労、子供から中間段階を経ずにいきなり老人になってしまい、早々と失われてしまった今回の人生、全て流れ去って行ってしまい、もう手の届かない〈時間〉………。


1017.
宇宙は君の詰まらぬ関心事になぞ興味を持たぬことを思い起こせ。その上で君が何処へ行くのか決めるがいい。


1018.
生長し過ぎて、ハイエナと羊の合の子の様な(ざま )になったプードル。だらんと舌を垂らしているそいつの化けの皮はすっかり剥げ落ちてしまっているのに、リードを握るあの女の子の頬は何故あんなにも明るいのだろう? 私はまだまだ世の中を甘く見ていたのだろうか………。


1019.
簡明にして要を得た文章を書きたいと思う。だが今は、10頁で書けることに500頁費やした方が売れるらしい………。


1020.
加齢と共に我々を心騒がせて止まないのは、臨在しているものに対するアンチテーゼが仄めかす、不在の雰囲気である。あれを失った、これを失ったと云うのであれば、まだ口惜しがって今の生を活気付けることも出来よう。だが漠然と示唆され、その癖一向に同定されようとしないものに対しては、どんな力尽くの説得も効力を持たない。自分が狂気に追い遣られるかも知れない、と云う切迫感の多くは、この得体の知れなさから来ている。
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