0976.
義憤は良い退屈凌ぎになる。怒り続けている間は、この世にはもう積極的にすべき何かなど残ってはいない、そもそもそんなものは在りはしない、と云うことを考えずに済む。だから万が一にも下らぬ刃毀れなど起こさない様に怒りの対象を選ぶ時は精々慎重に、そして、怒りを表す形は充分入念に仕上げておくのが良い。


0977.
つい先刻までは、高度に抽象的な諸概念を操る一個の精神だった。今は、腹痛を抱えた只の肉体だ。これを理不尽な過ちと言わずして何としよう畜生。


0978.
些事からのみ成り立っている日常、地べたを這い擦り回るだけの生活、一言で形容し尽くせてしまう生涯、後に全く何も残らない、或いは下らぬことしか残らない人生、豚の如く生き、豚の如く死す、但し頭の中身も豚なので自分ではそのことには気が付かない、全く無駄と無意味と無目的に支配された存在———世人に対して私が抱いている印象を簡潔に纏めるならばこうなる。自分で読み返してみたが、あながち間違ってはいない。


0979.
溜息を吐けばその分だけ幸せが逃げると言う。はて、逃げる程の幸せが私に有っただろうか。


0980.
現代は分業の時代だと言う。だったら何故、食べたり飲んだり排泄したり金を稼いだり人付き合いをしたりすることは、そうしたことが好きな者や得意な者、或いは我慢の出来る者、とにかく私ではない他の者に任してしまえないで、私まで一緒になって延々と行われなければならないのだろううか?*

*既に結婚したり自分の複製を作ったりと云ったことは或る程度選択肢が与えられて来ていると云うのに、この世に存在している他の全ての人間が行っていることを私もまた行ったとして面白くも何ともないと思うのだが。


0981.
ものの本によると、死体を背負って歩くのは、生きている人間を背負って歩くのよりも多くの困難を伴うらしい。私の肉体に纏わる現在のこと不様さと不快感も、それと何か関係があるのだろうか。


0982.
折角人が「日の下に新しきもの無し。目の前のことは全て大したことではない」と思って平静を保とうとしているのに、どうやら他の連中は私がこの些事に過剰な重大性を認めていないのが気に食わないらしい。このバカバカしい程にちっぽけな営みに、真に考慮すべき意義があると見做している振りをすることを覚えなければ、どうやら世渡りと云うものは上手く行かないものらしい。
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